第七話 最強の陰陽師、助けてもらう


 市の通りから少し歩いた街の中心部は、役所や聖堂や大商会の支部など、比較的大きな建物が建ち並ぶ場所だ。

 その合間に、軽食屋や雑貨を取り扱う小さな店がぽつぽつと建ち、さらにその隙間を埋めるように人々の住宅が建つ。以前のここはそのような場所だったが……今はやはり少しばかり、様子が変わっている。


「建物増えたなぁ」


 数年前にはなかった、三階建てや四階建ての住宅がちらほら見られる。

 ロドネアや帝都には遠くおよばないものの、いくらかは発展して人口が増えているようだった。


「それで殿下、どちらへ行かれるのですか?」

「ええと……」


 フィオナはキョロキョロと周囲を見回し、ぶつぶつと呟く。


「聖堂があっちで、太陽があちらですから……向こうへ行きたいですわ」

「どこか目的の場所でも?」

「まさか、そのようなものありませんわ。散歩です。うふふ」


 フィオナがそう言って笑う。

 どうもそんな風には見えなかったが……この皇女だからな。普段からこうなのかもしれない。


「というかあんた、いつまで手握ってんのよ。もう人混みなんてないでしょ」


 半眼で咎めるように言うアミュに、ぼくはあわててフィオナの手を離した。


「ああ、これは失礼しました、殿下」

「……」

「……」

「……」

「……あの、殿下?」


 フィオナは笑顔のまましばし無言でぼくを見つめていたが、やがて言う。


「いいえ、構いませんわ、セイカ様。でもなにがあるかわかりませんから、わたくしのそばにいてくださいね」

「はぁ……」


 生返事を返していると、アミュに肘で小突かれた。


「なにデレデレしてんのよ」


 いつデレデレしたよ、ぼくが。


 一行はほどなくして、街の広場へと出た。

 ここに来たかったのかと思いきや、フィオナは広場自体には興味がないらしく、その周りを沿うように歩いて行く。


「うわ、すごいの建ててるわね」


 アミュが驚きの声を上げる。

 見上げる先にあるのは、広場の端っこに建設中の高層住宅のようだったが……確かにすごい高さだ。今の時点で七階分はある。ロドネアや帝都だったら規制に引っかかっていそうだ。


「まあ。この地の聖堂よりも高そうですわ」

「ったく、地価が上がってるからってこんなの建てやがって……おい、あんまり近寄るなよ」


 止めるグライに、フィオナは微笑んで言う。


「大丈夫ですわ。ほら、セイカ様ももっとこちらに……」


 言われてフィオナに歩み寄った、その時――――急に、突風が吹いた。

 高所で作業していた職人たちが、柱や梁にあわてて掴まる。

 バキリ、という嫌な音が響き渡った。

 それはどうやら、四階を支える柱が折れた音で。

 風で傾いだ高層部が――――ゆっくりと、バランスを崩して倒れてきた。

 よりにもよって、ぼくらの側に。


「ッ、風錐槍ウインドランス!」


 杖剣を抜き放ったグライが、風の中位魔法を放った。

 それは二年前とは見違えるほどの威力で、正確に瓦礫の大半を吹き飛ばす。

 だが、すべてではない。

 わずかに残った土壁や柱が、ぼくらへと降り注ぐ。

 その時――――不意に、頭上に影が差した。

 落ちてくるはずだった瓦礫は、その何かに遮られ、鈍い音を響かせる。


「あんたたち、大丈夫!?」


 ミスリルの杖剣を手にしたアミュが駆けてくる。

 ぼくは改めて頭上を見やる。

 瓦礫への傘となったのは、地面から生えた巨大な岩のてのひらのようだった。


「これ、ゴーレムの一部? 腕を上げたなぁ、アミュ」

「なに暢気なこと言ってんのよ、はぁ……でも、その分ならなんともなさそうね」

「お前、今の完全無詠唱だったか? はっ、そこそこやるじゃねぇか優等生」

「あんたもまあまあね軍人さん。詰めが甘いけど」

「助かったよ二人とも、ありがとう」


 ぼくがそう言うと、二人から呆れたような視線を向けられた。


「あんたはなにぼーっとしてたのよ。死ぬとこだったじゃない。らしくないわね」

「セイカ、お前寝てたのか?」


 別に寝てたわけじゃない。

 二人が間に合いそうだったから任せてみただけだ。いざとなったら転移でもなんでもできたからね。


「ったく……。おーい、怪我人はいるかー? 重傷者がいたら領主の屋敷まで連れてこい、特別に軍の治癒士に診せてやる。それからここの施工主は領主代理まで出頭しろー。建築主もだぞ」


 職人たちに呼びかけるグライを尻目に、ぼくフィオナに向き直る。


「お怪我はありませんでしたか? 殿下」

「……」

「……あ、あの、殿下?」


 フィオナは……頬を膨らませ、なんだか不満そうな顔でぼくを見ていた。

 それからふいとアミュを振り向くと、笑顔を作って歩み寄っていく。


「ありがとございました、アミュさん。あとついでにグライも……」


 その後ろ姿を見ながら、ぼくは思う。

 あー、これは失望させちゃったかな……。



****



 さすがにもう帰ろうということになり、ぼくら一行は来た道を戻っていた。


 フィオナは前の方でアミュと談笑している。

 さっきまであれほど懐かれていたのが嘘みたいに、ぼくへ話しかけてくることはなくなっていた。


 たぶんだけど……フィオナはぼくに、騎士のような役割を期待していたのではないだろうか。

 少し前に男女で危機を助けられてどうのこうのとか言ってたし、あとぼく一応武術大会の優勝者だから。

 しかし先ほどまったくの役立たずだったのを見て、期待外れにがっかりしてしまったわけだ。


 小さく溜息をつく。

 まあそんなことを勝手に期待されても困るだけだから、これでよかったのかもしれないけど。


 市の通りが近づくにつれ、人通りも多くなってくる。

 必然、フィオナに向けられる視線も。


 ふと。

 市の外れにぽつんと店を構える、小さな屋台が目に入った。

 色合いの良い布や雑貨を扱っている。


「……あの、殿下。少々お待ちを」

「はい……?」


 フィオナの返事を待たず、ぼくは店に駆けていく。

 そして目当ての物を買って戻ってくると、皇女へと言った。


「失礼します。少しじっとしていてもらえますか」

「はぁ……」


 フィオナの後ろへ回り、その長い髪を先ほど買った編み紐で頭の上の方に結わえる。

 最後に蔓模様の入ったスカーフを髪を隠すように巻いてやると、ぼくは小さく笑って言った。


「これでいくらかは町娘らしくなりました。それほど衆目も集めなくなると思いますよ。せめて、屋敷に戻るまでの間だけでも」

「……」


 フィオナが自分の頭をぺたぺたと触りながら、少し不安げに言う。


「変ではないでしょうか……?」

「ん、そんなことないわよ。服とも合ってるし、いいんじゃない?」

「悪くねぇよ、そうしとけ。目立たれるよりはおれらも楽だしな」

「……うふふ。そうでしょうか」


 フィオナは、今度は機嫌よさそうに頭をぺたぺた触る。


「……手鏡を持ってくればよかったですわね」

「姿見ならば用意できますよ」


《土金の相――――玻璃鑑はりかがみの術》


 地面から、いびつな輪郭をした巨大な平面鏡が現れる。

 フィオナは一瞬目を丸くしたが、そこに映った自分の姿をいろいろな角度から見て、次いでうれしそうに笑った。


「うふふふふ」

「気に入っていただけたなら何よりです。次からはもう少し上等な物を用意されるといいですよ」

「いえ……これがいいです。ありがとうございます、セイカ様。こうした贈り物をいただくのは初めてです……大切にしますね」


 フィオナがにこにこと言う。

 そんな安物でいいのかと若干心配になったが、まあ本人が気に入ったのならいいか。


 と、アミュがぼくの鏡を覗き込みながら言う。


「しかしすごいわねこの鏡……こんなにきれいなの見たことないわよ。どこまでが本当の地面かわからないくらいなんだけど」

「あはは、まあ……」


 ヴェネツィアの錬金術師から聞き出した、ガラスに銀を被膜させる特別製だ。

 術で再現するのは苦労した。


「割って売ったらいい値がつきそうね」

「やめんか」

「お前は本当に訳のわからねぇ魔法使うな」


 正直自分でも、なんでこんな術をがんばって編み出したのかはわからない。

 意外と役に立つ機会はあったが。


「それにしてもセイカさま……なんだか、髪を結う仕草が手慣れておりましたね。弟子にはあんなことされてませんでしたのに……」


 ユキが耳元でささやいてくる。

 西洋で小さな子の面倒を見る機会があったんだよ。というか今答えにくいから話しかけてくるなよ。


「セイカさまは、西洋でいったいどんな暮らしを送られていたのですか? ユキは無性に気になってまいりました……」


 気にせんでいい。




――――――――――――――――――

※玻璃鑑の術

ガラスに銀をメッキした鏡を作り出す術。作中世界においてもセイカの転生前の時代には銀鏡反応のような製鏡技術はまだ生まれていなかった。しかしガラス板に金属を薄く被膜させることで高効率の反射鏡が作れることは知られており、魔術師や錬金術師の製作した一品物がごく少数ながらも流通していた。

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