第十四話 最強の陰陽師、ドラゴンの事情を説明する


 首長公邸に戻ってきたのは、結局それから数刻後のことだった。

 本当は王子の部下か誰かが山頂に来るまで待ちたかったのだけれど、殺気立っていたドラゴンがゼクトや傭兵を小突き回していたのだ。

 一応罪人は引き渡したかったので、喰われてしまう前に山から下ろすことにした。


 ドラゴンが再び公邸の庭に降り立つと、咥えていた蔓をぺっと吐き出した。縛られていたゼクトや傭兵が、ドサドサと芝生に落下する。


 庭には、王子と森人エルフの従者、そして大量の護衛兵が集まっていた。

 さすがに二回目ともなるとこうなるか。


 ぼくがイーファと共にドラゴンから降りると、王子が唖然とした様子で問いかけてくる。


「セ、セイカ殿、これはいったい……」

「こいつらは詐欺師で密猟者です、殿下」


 ぼくは言う。


「ドラゴンを倒せるなんて話は嘘。金をだまし取り、卵だけを奪って逃げるつもりだったんです」

「そんな……それに、卵とは……?」

「無論、ドラゴンの卵です。このドラゴンは今、子育ての最中だったんですよ」


 ぼくは山頂で見た事実と、推論を話す。

 聞いた王子は、信じられないように首を横に振った。


「まさか、そんなことが……」

「事実ですし、推測としては妥当な線だと思いますよ。報告書にもこのまま書くつもりです。なんならあなた方も、山に登って見て来ればいい」

「だが……それは危険だ。いやそもそも……どうしてセイカ殿は、それほどまでにドラゴンに受け入れられているのだ。攻撃されないばかりか、子育てを手伝った? たとえ普通の獣であったとしても、そのようなこと……」

「ある意味で、ドラゴンは特殊な獣なんです」


 ぼくは説明する。


「子育てを行う生き物は珍しくない。ただ、その中でもさらに一部は、親以外の個体も子育てに参加します。多くの鳥類、キツネやタヌキに犬の一種、ごく一部の魚など。数は限られますが、実に幅広い生き物がこの性質を持っている。そして――――ドラゴンもそうだ」


 ぼくは続ける。


「図書館で過去の記録を拝見しました。百五十年前の繁殖の際には、先に生まれた子供が、他の子供の面倒を見ていたそうですね。つまりドラゴンは、家族で子育てをするモンスターなんですよ」

「し……しかし」


 王子が言い募る。


「自身の仔ならともかく、セイカ殿は人間であろう! 血縁ではない、ましてや異種をなぜ受け入れるのだ」

「血縁関係にない個体が子育てに参加する種もあります。それに殿下、お忘れですか? アスティリアのドラゴンの伝承を」


 王子が目を見開く。


「まさか、王妃によって孵されたという……? しかしそれは、あくまで伝承で……」

「方法がわかっていれば孵せるのです。それに、伝承が事実であればすべてに説明が付く。ドラゴンがぼくを卵の世話にこき使ったのも、何も不思議なことではないのですよ。その逆が、これまでずっと行われてきたのですから」

「逆……?」

「いいですか、殿下。このドラゴンにとって、親は人間です。その子らは家族。そして同じ縄張りで暮らしている、街の住民たちも家族だと思ったことでしょう。当然、その子供たちのことも」


 ぼくは話し続ける。


「かつてこのドラゴンは、人間たちと共に敵国の軍や魔族と戦ったそうですね。それはなぜだと思います? 住民を決して襲うことなく、これほどの長きにわたって街の移り変わりを見守り続けたのは、いったいなぜだと思いますか?」

「それでは、まさか……」

「ええ、そうです」


 ぼくは言う。



「アスティリアのドラゴンは、数百年もの間ずっと、人間の子育てを助けてきたのですよ」



 王子が、息を飲む気配がした。護衛の兵たちも微かにざわめいている。

 ぼくは、ずっと大人しくしている優しきドラゴンを振り仰ぐ。


「少なくとも、本人はそのつもりだったでしょう。それが、この生命にとっては当たり前のことだったのです」


 王子に目を戻し、告げる。


「恩返しをなさいませ、殿下」

「っ……」

「数百年分の恩です。つがいのいないこのドラゴンにとって、子育ては大変な苦労を伴うもの。人の手をもって助けてやりなさい。長く交流がなかったために心が離れかけていましたが、育ての恩は決して忘れていません。ぼくを受け入れたのがその証拠です。まだ遅くはない。プロトアスタの人々は、このドラゴンの家族に戻れる」


 ぼくは付け加える。


「それに、人の手によって育てられれば、子のドラゴンも人間を家族と思うようになるでしょう。いつか巣立ち、万が一人里近くに住み着いても、人間を襲おうとしなくなる可能性は高い。あるいは交流を持ち、共に暮らすことすらできるかもしれない。アスティリアのドラゴンと同じように」


 ぼくは、最後に言う。


「帝国へは、このように説明すればよいでしょう。ぼくも報告書にそう書いておきます。脅威は少ないだろう、とね。いかがです、殿下?」


 王子はしばらくの間、沈黙していた。

 だが、やがて首を横に振る。


「駄目だ」

「……なぜです?」

「それでは……それでは帝国の議員を納得させられない。そなたの話には確証がない」


 弱気な王子に、ぼくは呆れて言う。


「世の中確証があることの方が少ないですよ。ぼくも報告書は、そちらが説得しやすくなるような内容で作ります。ここまでお膳立てしてやるんですから、あとは根回しと口八丁でなんとかしてください。殿下も政治家なんだからそれくらいできるでしょ」

「無理だ。そなたは知らないのだ……帝国の議会は、腹に魔獣を飼う古狸の巣窟だ。ボクなどでは、とても……」

「ええ……」


 おいおい……本当に大丈夫かこいつ。

 自信がなさすぎるだろ。


「いやでも……かと言ってどうします? 他に方法はないでしょう。殿下の案である、ドラゴンの討伐はそもそもが不可能だったんですから」

「……セイカ殿は、少なくともゼクトの召喚獣に勝てるほどの実力があるのだろう? そなたが、ドラゴンを倒してはくれないだろうか」


 …………はあ??

 呆気にとられるぼくに、王子は正気を疑うようなことを言い続ける。


「いや、住処にまで受け入れられているのだ。ドラゴンにも効く毒が手に入れば、それを用いてもよい」

「毒って、嘘でしょ……? 今のぼくの話聞いてその発言が出てくるんですか。ちょっと、本気でどうかしちゃってるんじゃないですか? 皆さんさすがに引いてますよ」

「そなたにはわからぬ!」


 王子が突然叫ぶ。

 その目には、明らかに焦りの色があった。


「ボクは第一王子として、この街で結果を残さなければならないのだ! ボクの力でこの問題を解決できないようなら、次代の王などとても務まらない!」

「……」

「セイカ殿……改めて頼む。ドラゴンの討伐に、協力してはもらえないか」


 ぼくは目を伏せ、首を横に振る。


「お断りします。ぼくの心情を抜きにしても、それはぼくの責務じゃない。力を貸す理由はありません」

「そうか……ならば、そなたの身柄は拘束させてもらおう。お前たちっ」


 王子の指示と共に、護衛の兵たちが剣を抜いた。

 ぼくは呆気にとられて呟く。


「え、なんで?」

「そなたには自身の魔法により、アスティリアのドラゴンに異常をもたらした疑いがある。一度身柄を拘束したうえで……その後はランプローグ伯爵に対し、此度の弁明を求めることとしよう。何、そなたの待遇は十分に保証する」

「えっとそれは……ぼくを人質にするってことですか。いやしかし、父は名こそ知られていますが、政治からは離れた立場にいますよ? 脅したところで大したことはできないですって」

「それでも帝国の伯爵だ。やってみなければわからないであろう」


 …………やってみなければわからない、じゃないんだよ!!

 ぼくはすっかり呆れ果てていた。迷走にもほどがある。

 心なしか、護衛の兵たちにも迷いがあるように見えた。

 そりゃそうだろうな。無茶苦茶だもん。


 イライラしながらも考える。

 ここは一度、大人しく捕まってから逃げ出した方が穏便に済みそうだな……。


「イーファ! こちらへ来るんだ!」


 と、突然、王子がイーファに呼びかけた。

 え……こいつ、嘘だろ?


 イーファはというと、黙って王子に目を向ける。


「そなたは自由の身だ! もう怪しげな主人に従う必要はない! セイカ殿の財産は一度接収し、そなたにはアスティリアにて市民たる資格を与えよう」

「……」

「さあ、早くこちらへ! そこにいては危険が……」



「い、――――いい加減にしろッ!!」



 ぼくは、思わず怒鳴っていた。

 憤りのまま、王子に向かって言う。


「お前っ、こんな時に女だ!? それでも為政者かッ!! 無茶苦茶言っていても所詮余所の都市の政治のことだからと黙っていたが、結局イーファが目的だったのか!? 市民に恥ずかしくないのかッ!!」

「なっ、なっ……」

「そもそもお前は短絡的過ぎる! なんでもすぐ人に頼ろうとするな! 安易な方法ばかり考えるな! そんなことで民がついてくるかッ! 手柄や女よりも先に自分の為すべきことを考えろ、若輩がっ! 何がこちらへ来いだ、自由にしてやるだっ。お前にっ――――」


 ぼくは勢いのまま叫ぶ。


「――――お前にイーファをやれるかぁっ!!」


 静まりかえる公邸の庭。


「セ、セイカさま……?」


 耳元で聞こえたユキの声に、ぼくははっとした。

 恐る恐る、隣のイーファに目をやる。すると、目を丸くしてこちらを見ていたイーファが、あわてたようにさっと視線を逸らした。

 ぼくは青くなる。


 もしかしてぼく……またやっちゃったのか?


「はっはははははははははは!」


 突然、公邸の庭に快活な笑い声が響いた。

 笑声の主は、リゼと呼ばれていた森人エルフの従者。


「うむ、いや、失礼……。お前たち、剣を戻せ。このような茶番は終いにしよう」

「なっ、リゼ!? それは…………ぐっ」


 従者に睨まれ、王子が押し黙る。

 剣を鞘に戻す兵たちは、どこかほっとしたような様子だった。


 それから森人エルフは、イーファに目をやって訊ねる。


「一応訊いておこう。イーファ、それでいいのだな」

「はい」


 イーファは微笑んで、王子に向かって言う。


「殿下。お誘いは光栄ですが、改めてお断りします。わたしは、セイカくんと学園に戻りますね」

「し、しかし、イーファ。そなたの意思は……」

「わたしの意思です。それに、」


 イーファは、冷めたような口調で言う。


「たとえ自由になっても、あなたを支えようとは思いませんから」

「い……いや、だが……」

「若」


 森人エルフの従者が、咎めるように言う。


「いい加減引き下がることです。あなたはフラれたのですから」

「なあっ……」


 固まる王子を無視し、森人エルフは朗らかな調子でぼくに言う。


「大変に失礼した、セイカ殿。まず、ドラゴンの件については感謝申し上げる。事の真相がわかったことは素直に喜ばしい。そのうえ罪人まで捕らえてもらい、言葉もない。後の始末は、いただいた助言通りにするとしよう」

「いえ……」

「それと、調子のいいことを言うようだが……今し方王子の言っていたことはすべて忘れてはもらえまいか」

「あ、はい。ぼくもつい、言葉を荒げてしまいましたので……」

「助かる。帝国へはいつ頃戻る? 馬車はいつでも都合するが」

「新学期も近いので、なるべく早いうちに。こちらに長居もしづらくなりましたし」

「すまないな。ならば、道中の宿と共に迅速に手配するとしよう。ときに……イーファと二人で話したいのだが、許してもらえるだろうか」

「え……」


 思わず隣を見やる。

 イーファは、ぼくを見て小さくうなずいた。


 ぼくは言う。


「……わかりました。どうぞ」

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