幕間 イーファ、プロトアスタ首長公邸にて⑤


「すまなかった」


 首長公邸の庭。

 護衛の兵たちから少し離れた場所で、リゼはイーファにそう言った。


「どうやら私は、お前のことを誤解していたようだ」

「誤解……ですか?」

「あの奴隷商の言うように……お前の主人を想う気持ちは、やむなく抱えたものだと思っていた。人は少なからず、新しい状況を怖がる。今が一番いいと思い込もうとする。だが……お前の心は、それとは違ったようだ」


 リゼは改まって言う。


「愛しているのだな、あの少年を」

「あ、あいっ!?」

「ならばこれ以上、何も言うことはあるまい……。手を出してみろ」


 顔を真っ赤にしたイーファが、言われるがまま右手を差し出す。

 リゼはそれを取ると、いつの間にか血の滲んでいた人差し指で、手の甲に魔法陣に似た紋様を描き出した。


 何やら小さく呪文が唱えられる。

 すると、血の魔法陣は手に吸い込まれるようにすっと消え去った。


「私の精霊を少しばかりやろう」


 イーファは、リゼの纏う膨大な精霊の一部が、自分のそばに移っていることに気がついた。

 魔石や指輪ではなく、消え去った手の魔法陣に集っているように思える。


「特に、光の子ら……光の精霊は希少だぞ。扱い慣れればそのようなこともできる」


 イーファは、リゼの視線を追って自らの左手を見る。

 風の刃で付けられた親指の切り傷が、跡もなく治っていた。


 リゼが、唐突に言う。


「お前を見ていると、なぜだかおとぎ話の王女を思い出すよ」

「え……?」

森人エルフの魔法を使う亡国の王女。勇者の仲間でありながら、魔王すらも憐れんだ慈愛の娘……。お前ならば、大丈夫だ。きっとその想いは届くだろう」

「そ、そうでしょうか……?」

「あの少年が異質であると、私は今も疑っていない。だが……他ならぬあの少年自身が言っていたではないか。たとえ異なる存在同士でも、家族になることができるのだと。ドラゴンと人とが共に生きてきたのだ、それよりはずっと簡単さ」


 リゼは、最後に言った。


「幸いであれ。同胞よ」

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