第五話 最強の陰陽師、調べる
プロトアスタは、にぎやかだが歴史を感じさせる街だった。
発展が比較的新しいロドネアや、過去に大火で街が派手に焼けた帝都と違い、古い建物が数多く残っている。
観光とかしてみたかったが、さすがにその日は疲れてそんな気力もなかった。
会食などもなし。王子も溜まっていた政務には手を付けず、すぐに休むと言っていた。
まあ無理もない。
****
で、その翌日。
ぼくとイーファは、旧王城内に作られた図書館に来ていた。
目的はもちろん、ドラゴンの記録を調べるためだ。
この街でなら、ロドネアで探すよりも多くの文献が見つかると思っていたのだが……予想以上に立派な図書館があって驚いた。アスティリアにある書物は、ほとんどが写本を作られてここに集められるらしい。
おかげで文献探しも大変だ。
ただその分、予想以上に資料を見つけられた。
今は中身を調べているところだ。
イーファにも手伝ってもらっている。ただ彼女はこちらの古語が読めないので、思った以上にはかどらない。
「……むしろセイカくんは、どこでそんなの覚えたの?」
「屋敷の書庫でね」
幼少期に覚えた異言語の一つだ。
話すことも聞くこともできないが、読み書きは問題なくできる。
今はアスティリアでも帝国の公用語が使われているが、百年以上前の記録となると古語の資料も多かった。
そして、古い書物ほど知らない情報が書かれている。
その中には、重要そうなものもあった。
「セイカくん……わたしの分、終わったよ。そっちはなにか見つかった?」
疲れた様子のイーファが歩いてくる。
公用語の文献だけでもけっこうあったからな。でも、この様子では収穫はなかったか。
ぼくはうなずいて答える。
「ああ。百五十年ほど前にも、今と似たようなことが起こっていたみたいだ」
アスティリアのドラゴンが生まれたのは、はっきりとした記録はないものの数百年前のことらしい。
王妃によって卵から孵されたというが、定かではない。確かなのは、成体となってから数百年間、山を中心に縄張りを張って街の住民と共に暮らしてきたということだ。
それが変わったのは、二百年ちょっと前のことだった。
あるとき縄張りに、もう一頭別のドラゴンがやってきた。
アスティリアのドラゴンは初め、望まぬ闖入者だったそのドラゴンを追い払っていたものの、やがて住処の山で共に暮らすようになる。
アスティリアのドラゴンは雄、新たなドラゴンは雌で、
雌のドラゴンも、
初めは恐れていた住民たちも、次第にそのドラゴンを受け入れ始め、やがて街にはそれまでの生活が戻った。
だが五十年ほど経って、またドラゴンたちの様子が変わる。
二匹共に警戒心が強くなり、はぐれた家畜を襲ったり、外から来る人間を威嚇するようになったのだ。
ちょうど今のように。
それが百五十年前のこと。
当時、その理由はほどなくしてわかった。
様子がおかしくなって一年ほど経ったある日から、住処の山に子供のドラゴンの姿が見られるようになったのだ。
「え、じゃあ赤ちゃんを育てるためだったってこと?」
「そういうことだろうな」
生き物が産卵前や子育て中に気が荒くなることは珍しくない。
家畜を襲っていたのも、土地の魔力だけでは体力を蓄えられなかったのかもしれない。
子供のドラゴンは順調に育っていった。
産卵は何回か時期を分けて行われたようで、先に生まれた子供が後に生まれた子供の面倒を見る姿もあったという。
大きくなると、子供のドラゴンたちは巣立っていった。
どこに行ったのか、記録にはない。ただ、とにかく遠い地を目指したのは確かだろう。
子供のドラゴンがすべて巣立ち、さらに五十年近い時が過ぎて――――雌のドラゴンが死んだ。
記録には自然死とある。
モンスターに寿命があるのかはわからない。ただ
それから、アスティリアのドラゴンはめっきり大人しくなってしまった。
縄張りはそれまでよりずっと狭くなり、街の敵やモンスターに対する攻撃性も、すっかり鳴りを潜めた。
これが今から百年ほど前のことだ。
アスティリアが帝国の属国となったのも、そもそもこれが理由だという。
当時は、魔族が侵攻の気配を見せていた時期だった。
砦のいくつかを落とされ、絶対的な王都の守護者だったドラゴンにも頼れなくなっていたアスティリアは、帝国の皇族と類縁関係を結び、軍を国内に招き入れることでその庇護下へと入った。
実質的に支配された形だが、背に腹は代えられなかったのだろう。
その甲斐あってか、魔族の軍はそれ以上の侵攻を諦め撤退したらしい。
その後ほどなく、行政上の理由から遷都がなされ、この街は王都から旧王都となった。
現在でも土地は王が所有しており、王族から選ばれた首長が統治する慣習となっている。今は、セシリオ王子がそれだ。
街のいろいろな変化を、アスティリアのドラゴンは長い間ただ静かに見守ってきたのだろう。
つい最近までは。
「そうだったんだ……でもそれ、今回のことにはあんまり関係ないんじゃないかなぁ」
イーファが言う。
「今は、ドラゴンはあの一匹だけなんでしょ?」
「ああ。しかも今いるのは雄だ。まさか子育て中でもないだろう。ただ、なぁ……」
どうも関係ないとは思えない。
例によってただの勘だけど。
こういうときは……やはり行動あるのみか。
「山に登ってみるよ」
「えっ! や、山って……まさか、ドラゴンが棲んでる?」
「ああ」
現地を訪れ、実際にドラゴンを近くで見てみるのが一番だ。
生物学でも妖怪研究でも観察が大事だからね。
イーファが唖然としながら言う。
「あ、危ないよ。いくらセイカくんでも、ドラゴンには敵わないんじゃ……」
「別に戦うつもりはないよ。見つかったら逃げればいい。勝つのは無理でも、それくらいなら難しくないから」
実際にはただ倒す方がよほど楽だけど。
「そ、そう? それじゃあ、わたしも……」
「いや、イーファは待っててくれ。たぶん一日じゃ済まないだろうし、さすがに危ない」
あまり見せたくない術や妖を使うことになるかもしれない。
領地で魔石探しに山へ入った時とは、さすがに状況が違った。
「あ、あはは、そうだよね……」
怒られた時のことを気にしてるのか、少し気落ちしたようなイーファに、ぼくは笑って言う。
「気にしなくていいよ。いくらなんでも、山にまで君を連れて行くことは最初から考えてないから。元々夏休みなんだし、のんびりしててくれ」
「……うん」
しょんぼりとうなずくイーファ。
うーん……昨日はちょっと言い過ぎたかな。
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