第四話 最強の陰陽師、叱る


「討伐……? あのドラゴンを?」

「そうだ」


 呆けたようなぼくの問いに、王子はうなずく。


「この事態を解決するには、もはやそれしかない」


 ぼくは気づく。

 アスティリア側が用意していた策って……ひょっとしてこいつらか?


「……そのようなことが、可能だと?」

「ああ。セイカ殿も見たであろう。ゼクトの召喚獣がドラゴンを蹴散らすのを。あのモンスターを、ドラゴンは恐れる」


 ぼくは考えを巡らせる。


 ラーヴァタイガーは人間に比べれば大きいが、それでもあのグレータードラゴンよりはずっと小さい。

 だが、確かにドラゴンはあの溶岩獣にひるんでいる様子だった。


 天竺てんじく(※インド)やアフリカの南方に棲むミツアナグマや、蝦夷えみしの地のはるか北の果てに棲むとされるクズリは、体は小さいながらもその凶暴さで獅子やヒグマに向かっていくという。

 おそらく、ドラゴンにとってのラーヴァタイガーもそれに似た関係なんだろう。確かにあの鎧を見るに火炎の息吹も効かなさそうではある。


 ただ……倒すのは無理だ。

 獅子や羆と違い、ドラゴンには飛行能力がある。


 ちらと、ゼクトとその取り巻きを見やる。

 全員で十人にも満たず、ゼクト以外には剣を提げる者ばかりで魔術師は見当たらない。他にもいるのかもしれないが、そもそも頭数をそろえたところでどうにかなるとは思えない。


 ぼくは王子に告げる。


「考え直された方がいいと思いますよ、殿下」

「な……何?」

「あのモンスターでドラゴンは倒せないでしょう。向こうに争う気がないなら逃げてくれるでしょうが、本気で立ち向かわれれば勝ち目はありません。体躯が段違いですし、空を押さえられているのが大きい。負傷を恐れずに向かって来られればバラバラにされますよ。いや……負けるならまだいい。最悪の展開は、巣を放棄され、この地から逃げられることです。それこそ、帝国が最も恐れる事態にもなりかねない」

「おうおうずいぶん好き勝手言ってくださる学者様だなぁ!」


 ゼクトがぼくに詰め寄る。

 フードの下から覗く頬のこけた顔は、病的なまでに白い肌をしていた。


「オレらはドラゴン退治なんてもう何回もやってんだよ! 最強のモンスターでも対策練って準備すりゃあ勝てるんだ。学者の坊ちゃまも、専門外のことには口を挟まないでもらえますかねぇ!」

「……これは失礼」


 ぼくはにっこりと笑って言う。


「確かに専門外です。モンスター退治には、モンスター退治の作法があるのでしょう。でも……あなたもあなただ。専門家ならあまり不用意なことは避けてもらいたい。先ほどは危なかった。なんとか止められたからよかったものを」

「はっ、あの土魔法はお前か? あんなものなくてもオレが抑えられていた」

「抑える……? 違いますよ」


 ぼくは皮肉を込めて告げる。


「大事な大事な召喚獣を、ぼくの前に軽々しく出さないでほしいと言ったんです――――危うく、消し炭にしてしまうところでした」

「あ……?」

「そうなれば、あなたも困ったでしょう?」


 ゼクトが顔を引きつらせる。


「オレのラーヴァタイガーを、消し炭にするだと……? てめぇ、ずいぶん言うじゃねぇか……」

「もうやめろ! いい加減にしないか!」


 王子がぼくたちの間に割って入る。


「ゼクトッ! 失礼のないようにと言ったはずだぞ! もうここはいい、戻っていろッ!」

「チッ……へいへい。了解ですよ殿下。オレらの仕事は、こんなことじゃあないですからね」


 街の方へ去って行くゼクトとその取り巻きを眺めていた王子は、それからぼくへと振り返る。


「セイカ殿、そなたもそなただ。あのような荒くれ者を挑発するものではない」

「失礼。ぼくの従者に危険がおよんだもので、つい」


 そう言うと、王子は押し黙った。

 ぼくは小さく溜息をついて、一つ訊ねたかったことを口にする。


「話を戻しますが殿下。ドラゴン討伐の件は、女王陛下や民の信任を得ていますか?」

「っ、それは……」

「旧王都のドラゴンは、アスティリアの象徴のようなものだ。長く共に暮らしてきた隣人を討つことに、陛下や民は同意しているのですか?」

「……関係ない」


 王子は、自分に言い聞かせるように言う。


「プロトアスタの首長はボクだ。今回の件は、すべてボクに一任されている」

「それは女王陛下のご意志で?」

「首長の権限は法で定められていることだ。法は王の意思に優越する」


 法治か。

 結構なことだが、今はその欠点が出ているな。


「母も、民も、きっとわかってくれるはずだ」

「ですが……」

「セイカ殿。これはプロトアスタと我が国の問題だ。そなたの責務には関係ない。口を挟まないでもらいたい」

「……おっしゃる通りです。出過ぎたことを申しました」

「ドラゴンの問題は必ず解決しよう。そなたはそれを見届け、報告してくれればそれでよい」

「……ええ、そうですね」


 なんとも不安だ。

 この王子が浮き足立って独断専行しているようにしか見えない。というか事実そうだろう。


 あの傭兵団も、どうも怪しい。


 ただ、今はこれ以上何か言える雰囲気でもない。


 仕方ない。

 とりあえず、もう一つやるべきことをやるか。


「イーファ」


 ぼくは、こちらに戻ってきていたイーファを振り返った。

 怪我はないように見える。

 それはよかったものの……。


「え、う、うん。なに? あ、セイカくんさっきはありが……」

「どうして魔法を使わなかった?」

「えっ……」


 ぼくの厳しい声に、イーファは面食らったように口ごもる。


「何をためらっていたんだ。死んでもおかしくなかったんだぞ」

「えと、それは……びっくりして……」

「君はびっくりしたら死ぬのか? それとも誰かに助けてもらうことにしているのか?」

「っ……」

「セ、セイカ殿!? 何もそのような……」


 驚いたように口を挟む王子を無視し、ぼくは続ける。


「ぼくだっていつでも近くにいられるわけじゃない。ぼくがいない時、危険が迫ったら君はどうするんだ」

「……」

「ドラゴンの調査だと言ったはずだぞ。それに、そもそも国外への旅だ。賢い君なら、危険があるのは承知だと思っていたんだけどな。魔法の実力が十分だからといって連れてきたのは間違いだったか?」

「ご……ごめん、なさい……」

「セイカ殿! 何もそのように責めることはないだろう! 恐ろしいモンスターに襲われたのだ、竦んでしまうのも仕方ない。イーファも気にすることはないぞ。そなたは女性なのだから……」

「女だから何だと?」


 ぼくは王子を横目で睨む。


「殿下、これはぼくとイーファの話です。あなたの責務には関係ない。そうでしょう?」

「うっ、しかし……」

「イーファ。これから自分の身は自分で守れとは言わないけど、せめて魔法は使え。いや、魔法でなくてもいい。逃げたり、誰かに助けを求めるでもいい。とにかく自分から行動する、それだけでいいからやるんだ。君が一人でなんとかできるようになるまでは、ぼくが助けてあげるから。わかった?」

「う、うん……」

「ん」


 落ち込むイーファの頭を撫でてやる。


「……少し厳しすぎるのではないか、セイカ殿。イーファは女性なのだぞ。なぜ争い事を覚えさせる必要がある」

「女性女性としつこいな。この子には力があるんだ。振るうべき時に振るえないことにどんな利点がありますか」

「……」

「城門の前が空いたようです。そろそろ馬車へ戻りましょう。行くよ、イーファ」

「う、うん」


 涙声のイーファの手を取り、ぼくは馬車へと歩いて行く。


 少しかわいそうだが、仕方ない。

 恐怖に竦むのは誰にでもあることだ。

 そんなとき、人は強く背を叩かれないと動けない。


 ぼくの場合それは、唯一仲のよかった兄弟子が目の前で喰われたことだった。


 あの時のことは忘れていない。

 無我夢中で位相に封じたあのあやかしは、今も駒として使っている。


 この子に、あんな思いはさせたくなかった。

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