第四話 最強の陰陽師、叱る
「討伐……? あのドラゴンを?」
「そうだ」
呆けたようなぼくの問いに、王子はうなずく。
「この事態を解決するには、もはやそれしかない」
ぼくは気づく。
アスティリア側が用意していた策って……ひょっとしてこいつらか?
「……そのようなことが、可能だと?」
「ああ。セイカ殿も見たであろう。ゼクトの召喚獣がドラゴンを蹴散らすのを。あのモンスターを、ドラゴンは恐れる」
ぼくは考えを巡らせる。
ラーヴァタイガーは人間に比べれば大きいが、それでもあのグレータードラゴンよりはずっと小さい。
だが、確かにドラゴンはあの溶岩獣にひるんでいる様子だった。
おそらく、ドラゴンにとってのラーヴァタイガーもそれに似た関係なんだろう。確かにあの鎧を見るに火炎の息吹も効かなさそうではある。
ただ……倒すのは無理だ。
獅子や羆と違い、ドラゴンには飛行能力がある。
ちらと、ゼクトとその取り巻きを見やる。
全員で十人にも満たず、ゼクト以外には剣を提げる者ばかりで魔術師は見当たらない。他にもいるのかもしれないが、そもそも頭数をそろえたところでどうにかなるとは思えない。
ぼくは王子に告げる。
「考え直された方がいいと思いますよ、殿下」
「な……何?」
「あのモンスターでドラゴンは倒せないでしょう。向こうに争う気がないなら逃げてくれるでしょうが、本気で立ち向かわれれば勝ち目はありません。体躯が段違いですし、空を押さえられているのが大きい。負傷を恐れずに向かって来られればバラバラにされますよ。いや……負けるならまだいい。最悪の展開は、巣を放棄され、この地から逃げられることです。それこそ、帝国が最も恐れる事態にもなりかねない」
「おうおうずいぶん好き勝手言ってくださる学者様だなぁ!」
ゼクトがぼくに詰め寄る。
フードの下から覗く頬のこけた顔は、病的なまでに白い肌をしていた。
「オレらはドラゴン退治なんてもう何回もやってんだよ! 最強のモンスターでも対策練って準備すりゃあ勝てるんだ。学者の坊ちゃまも、専門外のことには口を挟まないでもらえますかねぇ!」
「……これは失礼」
ぼくはにっこりと笑って言う。
「確かに専門外です。モンスター退治には、モンスター退治の作法があるのでしょう。でも……あなたもあなただ。専門家ならあまり不用意なことは避けてもらいたい。先ほどは危なかった。なんとか止められたからよかったものを」
「はっ、あの土魔法はお前か? あんなものなくてもオレが抑えられていた」
「抑える……? 違いますよ」
ぼくは皮肉を込めて告げる。
「大事な大事な召喚獣を、ぼくの前に軽々しく出さないでほしいと言ったんです――――危うく、消し炭にしてしまうところでした」
「あ……?」
「そうなれば、あなたも困ったでしょう?」
ゼクトが顔を引きつらせる。
「オレのラーヴァタイガーを、消し炭にするだと……? てめぇ、ずいぶん言うじゃねぇか……」
「もうやめろ! いい加減にしないか!」
王子がぼくたちの間に割って入る。
「ゼクトッ! 失礼のないようにと言ったはずだぞ! もうここはいい、戻っていろッ!」
「チッ……へいへい。了解ですよ殿下。オレらの仕事は、こんなことじゃあないですからね」
街の方へ去って行くゼクトとその取り巻きを眺めていた王子は、それからぼくへと振り返る。
「セイカ殿、そなたもそなただ。あのような荒くれ者を挑発するものではない」
「失礼。ぼくの従者に危険がおよんだもので、つい」
そう言うと、王子は押し黙った。
ぼくは小さく溜息をついて、一つ訊ねたかったことを口にする。
「話を戻しますが殿下。ドラゴン討伐の件は、女王陛下や民の信任を得ていますか?」
「っ、それは……」
「旧王都のドラゴンは、アスティリアの象徴のようなものだ。長く共に暮らしてきた隣人を討つことに、陛下や民は同意しているのですか?」
「……関係ない」
王子は、自分に言い聞かせるように言う。
「プロトアスタの首長はボクだ。今回の件は、すべてボクに一任されている」
「それは女王陛下のご意志で?」
「首長の権限は法で定められていることだ。法は王の意思に優越する」
法治か。
結構なことだが、今はその欠点が出ているな。
「母も、民も、きっとわかってくれるはずだ」
「ですが……」
「セイカ殿。これはプロトアスタと我が国の問題だ。そなたの責務には関係ない。口を挟まないでもらいたい」
「……おっしゃる通りです。出過ぎたことを申しました」
「ドラゴンの問題は必ず解決しよう。そなたはそれを見届け、報告してくれればそれでよい」
「……ええ、そうですね」
なんとも不安だ。
この王子が浮き足立って独断専行しているようにしか見えない。というか事実そうだろう。
あの傭兵団も、どうも怪しい。
ただ、今はこれ以上何か言える雰囲気でもない。
仕方ない。
とりあえず、もう一つやるべきことをやるか。
「イーファ」
ぼくは、こちらに戻ってきていたイーファを振り返った。
怪我はないように見える。
それはよかったものの……。
「え、う、うん。なに? あ、セイカくんさっきはありが……」
「どうして魔法を使わなかった?」
「えっ……」
ぼくの厳しい声に、イーファは面食らったように口ごもる。
「何をためらっていたんだ。死んでもおかしくなかったんだぞ」
「えと、それは……びっくりして……」
「君はびっくりしたら死ぬのか? それとも誰かに助けてもらうことにしているのか?」
「っ……」
「セ、セイカ殿!? 何もそのような……」
驚いたように口を挟む王子を無視し、ぼくは続ける。
「ぼくだっていつでも近くにいられるわけじゃない。ぼくがいない時、危険が迫ったら君はどうするんだ」
「……」
「ドラゴンの調査だと言ったはずだぞ。それに、そもそも国外への旅だ。賢い君なら、危険があるのは承知だと思っていたんだけどな。魔法の実力が十分だからといって連れてきたのは間違いだったか?」
「ご……ごめん、なさい……」
「セイカ殿! 何もそのように責めることはないだろう! 恐ろしいモンスターに襲われたのだ、竦んでしまうのも仕方ない。イーファも気にすることはないぞ。そなたは女性なのだから……」
「女だから何だと?」
ぼくは王子を横目で睨む。
「殿下、これはぼくとイーファの話です。あなたの責務には関係ない。そうでしょう?」
「うっ、しかし……」
「イーファ。これから自分の身は自分で守れとは言わないけど、せめて魔法は使え。いや、魔法でなくてもいい。逃げたり、誰かに助けを求めるでもいい。とにかく自分から行動する、それだけでいいからやるんだ。君が一人でなんとかできるようになるまでは、ぼくが助けてあげるから。わかった?」
「う、うん……」
「ん」
落ち込むイーファの頭を撫でてやる。
「……少し厳しすぎるのではないか、セイカ殿。イーファは女性なのだぞ。なぜ争い事を覚えさせる必要がある」
「女性女性としつこいな。この子には力があるんだ。振るうべき時に振るえないことにどんな利点がありますか」
「……」
「城門の前が空いたようです。そろそろ馬車へ戻りましょう。行くよ、イーファ」
「う、うん」
涙声のイーファの手を取り、ぼくは馬車へと歩いて行く。
少しかわいそうだが、仕方ない。
恐怖に竦むのは誰にでもあることだ。
そんなとき、人は強く背を叩かれないと動けない。
ぼくの場合それは、唯一仲のよかった兄弟子が目の前で喰われたことだった。
あの時のことは忘れていない。
無我夢中で位相に封じたあの
この子に、あんな思いはさせたくなかった。
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