第十七話 最強の陰陽師、また学園生活に戻る


 それから一ヶ月。

 ぼくたちは、すっかり学園生活に戻っていた。


 朝。

 食堂へ続く道を歩いていると、すれ違う生徒がちらちらと振り返ってくる。

 微かに話し声も聞こえる。


「あ、あの人」「おいランプローグだぞ」「帝都の剣術大会で優勝した?」「あいつ、決勝で相手を跡形もなく消し飛ばしたんだって」「剣で!? いや無理だろ」「ね、けっこうかわいい顔じゃない?」


 ぼくは内心溜息をつく。

 帰ってきてからずっとこんな調子だった。これでもだいぶマシになった方だ。


 なんだか誤解も多いけど……そんなに悪いものでもないから放っておいている。少なくとも、一年前みたいに陰口叩かれているよりはずっといい。

 いずれは噂も収まるだろう。


 食堂に着くと、キョロキョロと目当ての人間を探す。

 それはほどなく見つかった。アミュにイーファ、そしてメイベルが、テーブルに書庫の本を広げて話し込んでいる。


 やっぱりここにいたか。

 前にイーファが、たまにアミュと朝の食堂で勉強していると言っていたから、もしかしたらと思ったけど……勘が当たったみたいだな。


 ぼくは少女の背後まで歩み寄ると、声をかける。


「メ~イ~ベ~ル~」

「ひっ!」


 メイベルが飛び上がった。

 そしてこちらを驚愕の表情で振り返ると、あわてて逃げようとする。

 ぼくはその手を掴んだ。


「こら逃げるな」

「やだやだ!」

「セ、セイカくん?」

「あんたいつの間にいたの?」


 集中していたのか、イーファもアミュも、ぼくに初めて気づいたようだった。

 ぼくは言う。


「ちょっとメイベルに用があって」

「わ、私はない」

「ぼくはあるんだよ。おいなんで昨日来なかったんだ。ずっと待ってたのに」

「も、もうセイカと勉強するの嫌」


 メイベルが涙目で言う。


「勉強勉強、ずっと勉強! 授業がある日は夜遅くまでやるし、ない日は丸一日、結局夜遅くまでやる! この一ヶ月ずっとそう! い、育成所だって休みの日はあったのに!」

「仕方ないだろ」


 ぼくは言う。


「君は授業に追いつかなきゃいけないんだ。なのに大会で遅れた半月分どころか、入試問題すらまともに解けないじゃないか。ならその分がんばらないと」

「だ、だって……」


 メイベルが潤んだ目を伏せる。


「私には今まで、そんなの学ぶ意味もなかった、から……」

「はぁ。メイベル」


 ぼくは彼女の肩に手を乗せる。


「留年は、どんな者にも平等に訪れる」

「格言みたいに言わないで! だいたい女子寮にまで押しかけて、夜遅くまで居座ってるなんておかしい!」

「ちゃんと学園長経由で寮長には許可もらってるよ。だからメイベル、ぼくはその気になれば、朝までだって君に勉強を教えることができるんだ」


 まあさすがにラウンジ以外は立ち入れないんだけど。


「イ、イーファ。助けて」


 蒼白になったメイベルがイーファに助けを求める。

 寮で親切にされたのか、メイベルは一瞬でイーファに懐いていた。

 そのイーファはというと、西洋に伝わる伝説の聖母のような微笑でメイベルを見つめた後、ぼくに告げる。


「セイカくん……まだ甘いんじゃないかな」

「!?」

「こんなに元気があるんだもん。メイベルちゃんは、きっとまだまだがんばれる」

「う、嘘。イーファ……?」


 見捨てられたことが信じられないように、メイベルがすがるような目をイーファに向ける。

 イーファは聖母の微笑のまま、メイベルを見つめ返した。

 その目は、心なしか遠い気がする。


「大丈夫だよ、メイベルちゃん。人間にはね、“つらい”の先があるの。勉強して、夜眠って、ご飯を食べて、また勉強する。メイベルちゃんはまだ、そんな生き物になってないよね? じゃあ、もっともっとがんばらないと」

「こ、怖い……」

「あんたはいったいどんな地獄をくぐってきたのよ……」

「大変だったなぁ」


 イーファが宙空を見つめる。

 気のせいかもしれないが、なんだか目に光がない。


「お屋敷の仕事をしながら勉強してた頃は、大変だったけどまだがんばれた。仕事の合間に休憩できたし、体を動かして気晴らしになったから。でも入試が近づいて、仕事を免除されてからは、そんなこともなくなって……えへへ、ずっと勉強だったんだ。最初は他の使用人の人たちに嫌みを言われたりしたけど、すぐにかわいそうな目で見られるようになって。出発の日には、みんな泣きながら送り出してくれた」

「……」

「……」

「でも、わたしがあんなにがんばれたのも、セイカくんのおかげだよ。ほんとうにありがとう、セイカくん」


 後光が差してそうなイーファに、ぼくは答える。


「え? ああ。どういたしまして」

「軽っ! 今の空気に対して返事が軽すぎなのよ!」

「えー、でも、普通に勉強教えてただけだしなぁ。ちょっと入試までの時間がなかっただけで」


 みんな大げさだよ。


「というわけでメイベル。今日も授業終わったら女子寮行くから。昨日の遅れを取り戻すためにこれから数日は特に頑張らないとね」

「や、やだ……イーファみたいになりたくない……」

「あんたねぇ、ほどほどにしなさいよ」


 その後。

 弁護人アミュとの交渉の末、メイベルには月に二日以上完全な休みの日を設けてやることが決まった。

 まあ最近能率が落ちてたし、ちょうどいいかな。


 メイベルの学園生活は、まだ始まったばかりだから。

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