第二話 最強の陰陽師、避ける


 午後の授業は、学び舎から少し離れた大講堂で行われる予定だった。


 ぼくらは入学時の成績順でいくつかのクラスに分かれたが、だからといっていつも同じメンバーで授業を受けるわけじゃない。

 魔法演習の授業は希望の属性を選んで受けに行く方式だし、たまにこうして、学年全員で同じ授業を受けることもあった。


 そういうわけで、ぼくとイーファは食堂から大講堂へ向かう道を歩いていた。

 学園内にはいろいろな建物があるだけに、道もかなりの数がある。

 全然規則的に並んでないから覚えるのも一苦労だ。


 晴れ渡った空を見上げる。

 今日は控えめな春の陽気が心地良い。


「……ん?」


 ふと学舎のそばに差し掛かった時、妙なものが目に入る。


 壺が浮いていた。


 学舎の三階、窓の近くでふわふわしている。


 なんだあれ……?


 黙って見ていたが、ちょうど真下に来た辺りで、壺がぐらぐらと不穏な振動を始めた。

 いやな予感がする。

 ぼくは隣にいたイーファを抱き寄せる。


「きゃっ、な、なに?」


 次の瞬間、壺がひっくり返った。

 ぐるんぐるん縦回転しながら大量の黒い液体を宙にぶちまける。


 それがぼくらに降りかかる寸前。

 ぼくは、自分とイーファの位置を二丈(※約六メートル)ほど離れた式二体と入れ替えた。


 転移の数瞬後、大量の液体がさっきまでぼくらのいた場所に降りかかり、道が黒く染まった。

 生臭いような臭気も漂ってくる。


 うわぁ。なんだか知らないけど危ない危ない。


 真っ黒になったヒトガタは、もう使えないだろうけど一応回収しておく。

 イーファはぽかんとしていた。


「え、え、わたし……なにが起こったの?」


「おーい、君たち! 大丈夫か!?」


 学舎から、丸眼鏡の教官が飛び出してきた。

 教官は黒く染まった道を見て、ついでぼくたちを見て、不思議そうな顔をする。


「あれ? さっきまでそこを歩いていたと思ったんだが……」

「あ、コーデル先生」


 イーファが声を上げる。

 教官のコーデルは、ぼくらへ歩み寄ると丸眼鏡をくいと直して言う。


「君たちだったか。驚かせてすまなかったね。怪我はないかい?」

「大丈夫ですけど、あれ、なんなんです?」

「研究に使う予定だった媒体だよ。モンスターの血に、薬草や鉱物を入れて煮込んだ物だ」


 どうりであんな臭いわけだよ。


「上の階に運び入れたかったんだけど、手伝ってもらうはずだったカレン先生が見つからなくてね。仕方なく一人でやってたんだが……これで作り直しだよ。はぁ」


 肩を落とすコーデル先生に、ぼくは訊ねる。


「あの壺は先生が浮かせてたんですか」

「そうだよ。専門じゃないから、あまり得意ではないけどね」


 重力の魔法は闇属性だったな、とぼくは思い出す。


 授業が始まってわかったことだが、闇属性は重力と、それと密接に関係した時間や空間、光属性は雷や、光そのものを司る属性らしい。

 ただそれだけでなく、闇だったら影を使った攻撃や呪いのアイテム生成、光だったら結界や治癒の魔法も含まれるので、要するに闇っぽい魔法、光っぽい魔法という分類でしかないらしい。


 今までよくわからなかった理由もわかった。

 そもそも分類が曖昧なのだ。


 ついでに言えば、闇か光に適性がある人間はごく少ない。

 本当は六属性あるのに、四属性魔法なんて呼ばれているくらいだ。


 コーデル先生は儀式学が専門だが、たしか光属性の使い手だったはずだから、闇属性の重力魔法が使える時点で相当希少な人材なんだろう。


「おっと、授業に行く途中だったかな? 引き留めて悪かったね」

「いえ」


 そう言えば、次の授業ってカレン先生が講師だったような……。


 見つからないって言ってたけど、大丈夫かな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る