練習問題③追加問題 問1

 最初に首が座らなくなる。頭が重すぎるんだな。定期的に机が迫ってきてさ。眼鏡も鬱陶しくなってさ。それで僕は眠ってしまったらしい。自分でもいびきをかいてるのが分かる。睡眠時無呼吸症候群が心配だな。

 僕はツールで絵を描いていた。これが最高のツールでさ。いわば、AI内蔵ポーズ人形だ。でも僕にとってはそれ以上だった。うん、ずっとこんなのが欲しかった。

 起動すると小さな部屋が現れる。彼女はそこで控えている。そこに僕が画像を指定するんだ。画像は何でもいい。あ、人が映ってないと意味ないね。あとリアルな写真の方がいい。ネットから落としたヌードとかね。アニメ調だと化物ができてしまう。不気味の谷底ってどんなものか。たぶん君にも理解できるぜ。

 とにかく画像を僕がセットする。すると彼女はそれに潜り込むんだ。彼女は元画像の真似をする。顔もプロポーションも変わる。服装だって変わるんだぜ。ネットで画像検索してるみたいだ。それともソフトが推測するのかね。

 その夜僕はプールサイドを選んだ。水着のグラドルが映っている。モデルの笑顔はちょっと嘘っぽい。逆に、そういうところが新鮮だ。僕が魅力を引き出してあげよう。

 いつも通り、彼女は潜り込んだ。濡れた水着まで彼女は再現したよ。

 そうして彼女がポーズをキメる。そうして僕がマウスをいじる。作業中、僕はつい呟いてしまう。このままではだめだ。このままではだめだ。もっといい角度アングルがある筈だ。もっといいポーズもある筈だ。僕はぐるぐる視点を動かす。ポーズも変えるよう僕は指示する。いいところで僕は彼女を撮影する。さらにアレンジして、僕はアップロードする。

 それってトレスじゃないかって? でも角度アングルがぜんぜん違う。ポーズも違う。オリジナルとは一致しないよ。だから誰も文句はつけられない。僕が文句をつけさせない。そりゃあ独り言も多くなるさ。彼女は本当に凄いからね。僕はつい呟いてしまう。このままではだめだ。僕はマエストロ。このままではだめだ。僕は偉大なアーティスト。


 だがそれもその夜で終わったよ。


 誰かに見られている気配はあった。僕は少し顔を上げた。モニタの中で何か動いたようだ。フォルダが開いていた。サムネイルは和室と女の子だ。このまえ僕が撮ったやつ。僕もDLダウンロードしかやらない訳じゃない。モデルの中学生の名前は忘れた。その娘、早く消してとは言ってたな。公開だけは絶対やめて、とか何とか。気が変わったなんて勝手すぎる。僕はファイルをクリックした。おかしなところはない。いや、あの娘こんな顔だったっけ? 身体つきも違うようだが。僕は眼を細める。寝起きのせいか焦点が合わない。眼鏡が床に落ちていた。かけ直して、僕はもう一度見た。何も変わったところはなかった。


 その時は確かにそうだったんだ。


 コーヒーを淹れて僕は席に戻った。全てが終わっていたよ。その子の写真が、猿になってたんだ。それだけじゃない。作品が全て猿画像になってた。君は想像できるかい? 猿が悩ましいポーズをとっている。そんな画像でフォルダが一杯だ。気分は動物園の園長さ。

 彼女も居なくなっていた。ソフトは消去されていた。あれはマルウエアだったんだな。それも本物のAI内蔵だった。僕も聞いたことがある。AIの侵入だけは許すなって。どんなワクチンソフトもかなわない。知性の前では無意味だってね。

 ああ、彼女、ランサムウエアじゃない。復号に金を出せとか、連絡はないよ。純粋に壊すのが目的だったんだ。たぶん、あの娘が依頼したんだろう。親も資金提供したかもしれないな。マルウエア製作は金がかかる。特に、あんなカスタマイズは高額だ。

 

 それから僕がどうしたかって?


 僕なら、相変わらず絵を描いてるよ。結局絵が好きなんだろうね。ああ、バックアップもやられてた。Web公開分にも影響があった。画像コレクション共々、やり直しさ。でもそんなことはどうでもいい。彼女は書き置きを残していた。体験版の期限は終了しました、って。有償版があるってことだろ。僕は彼女を探している。彼女との作業は楽しかった。実際、あんな素敵な子は他にいない。金ならいくらでも出す。このままではだめなんだ。このままでは僕はだめになる。僕はマエストロ。僕は偉大なアーティストだ。彼女がそばに居てくれたら。


***

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