卯の巻 弐

まぐろ真鯛まだい秋刀魚さんまかつお! 旬の鮮魚が目白押しだよ!」

「持ってるだけで魅力も運気もやる気も上昇! 至極の宝石、お安くしとくよ〜!」


 真上に登った日輪が街中を照らすように、この街は活気で溢れている。二人が街について以来、格子の如く縦横に混じり合った通りを幾つか抜けた。そのどれもが、数え切れぬほどの出店が両脇に並んでいて、道を覆い尽くさんとする程の人混みで賑わっていたのだ。寸刻歩いた程度であるが、既に三度は逸れてしまっている。


「香辛料たっぷり。なかなか辛いけど、食べてるうちにもう夢中。麻辣豆腐まーらーどうふ、いかがかな?」

「そこくハイカラなお方! 異郷の織物で、流行の先に行ってみないかい⁉︎」


 二人の耳には数えきれぬほどの客引きの声が届いてきて、ありふれた果物や肉ですら輝いて見える。その中には、かつて繚華や慈照が旅で巡った時に見かけた特産品もちらほらと見受けられる。


「見ろ。お前がいつぞや捨てた"こぉと"とか言うものだ」

「燃えちまったんだろうが、つったく変なこと思い出させるなっての」


 慈照じしょう繚華りょうかを小突く。「今後の冬はこれで乗り切ってやる!」と息巻いていた所を、とある"魔性ましょう"との戦闘で失ってしまったのだ。あれからしばらく「おれの温もりがぁ……」と嘆いては、別の上着を探したり、女性に声をかけたりしていたか。

 人混みに揉まれたからか、慈照じしょうは托鉢笠を外して仰いでいた。


「ここの熱気は夏みたいだな。人の熱ってのは、時たま気温に勝るらしい」

「わたしは人酔いしそうだ。……こんな気分になるのに酒を呑むなんて、慈照は物好きだな」

「呑んでる時はいいんだけどなぁ。二日酔いも相まって、つばが溢れてくら」


 不平を託っていながらも、二人の顔は晴天の如く澄んでいて、物珍しそうに周りを見回している。特に繚華は、楽しげに過ぎ行く人々や、飽くことなく続く店の一つ一つに、目を輝かせている。女性を彩る化粧品は数あれど、うちから漏れ出る喜色と興奮に勝るものなどありはすまい。

 天然の華を傍目に、慈照もまた笑顔を浮かべながら街中を見渡す。


「気に入ったみたいだな」

「あぁ、多華羅國たからこく、いい所だな。見たことないものがたくさんある!」

「あぁ、おれも周るのが楽しみだよ。いろいろと興味深いしな」


 無精髭を撫で付けながら、慈照は周囲を見渡した。

 目に映る通行人の多くはヒトである。ここらの地域にゆかりのある着物を着ている者が最も多いのだが、襟のついた服や民族風の衣装に身を包んでいる、一目で異郷の者と分かる顔つきや体つきをしている者も少なくない。中には、慈照でさえも風の噂でしか聞いたことがない、ドワーフやエルフ、妖精と言った少数種族もちらほらと見かける。


「修羅道でここまで平和な世界があるなんてなぁ」

「平和か? ここまでに五度は諍いを見てきただろう。ほら、あそこでも」


 繚華が指差す先からは、男たちの怒鳴り声が聞こえてくる。見れば、確かに胸倉を掴み合っている若人がいる。周りの人々は制することなく、むしろ囃し立てるようにして囲っている。そんな風景を気にも止めない自分に気づくと、慈照は大声で嗤い飛ばした。


「あっはは! おれも、だいぶなぁ!」

「ん? どういう意味だ?」


 いつになく豪快に笑い飛ばす慈照。どこか自虐の色すら見える笑い声と、妙な含みのある言葉に繚華は首を傾げている。

 ひとしきり笑い飛ばすと、慈照の目尻に浮かんだ涙を拭った。


「深い意味はねぇよ! そうさな、争いはそこかしこにある。だがな、ここの喧嘩はどれもこれも、変な尾の引き方はしてねぇだろ? 町民たちはあれを楽しんで見ていたし、そこら中にいる警吏けいりあんちゃん達も放っていた。日常の中に喧嘩があるっつーのは、ある意味で平和の象徴さ」


 この修羅道において、"安寧した"國や町は極端なまでに少ない。群雄割拠の時代は収まる気配はなく、國を超えた戦や内乱、町同士の諍いは常に起こり続けているのだ。それほどまでに、修羅道に住まう者は

 そんな中、この多華羅國たからこくはこれだけ多くの者が行き交いしながらも、比較的平和を保っている。慈照の話に、繚華も得心して喧嘩を眺める。


「確かに。あの喧嘩も気づくと終わってるな」

「流石は、一世代で頂点までのしあがった傑物、翡翠王ひすいおうが切り取ったくにだこと。この平和の裏にゃ、さぞ血腥いことが山ほどあったんだろうな」

「死骸の積み上がった國だとでも言いたいのか?」

「平和っつーのはそう言うもんだ。それを忘れちゃいけないのは、いつでもどこでも一緒だろうよ」


 さて、辛気臭い話はここまでにしとこう、と托鉢笠を頭に被ると、慈照はうーん、と背を伸ばす。


「そろそろ散策すっか。お前は何を見たい?」

「食べ物!」

「そろそろ色気を覚えとかねぇと、行き遅れるぞ?」

「女を漁って連戦連敗の輩よりかは有意義だろう」

「ばーか、たまには勝ってるっつーの! よっし、ここで解散な」


 興味の方向性は違えども、浮き足立っているのは二人とも同じ。集合場所をここと定めて、二人はそれぞれの方向に散っていった。

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