戦闘理由
タヌキ
一傭兵の話
中南米。バルベルデ共和国。
俺達を乗せたトラックは、スラム街を走っている。
運転するのは現地の反政府ゲリラだ。
俺は短くなった煙草を車道に投げ捨て、自分のAK-74を抱き寄せた。
視線を街並みに向ける。といっても、アムステルダムやプラハみたいなおとぎ話みたいな街並みではない。
トタンや廃材で出来たバラック小屋が並ぶ、控えめに表現してもゴミ溜めみたいな場所だ。
そんな場所の片隅。半分程崩れかかった小屋の前にトラックが止まる。
「降りろ」
リーダーが指示を出し、荷台に乗った荒くれ共が次々と降りて小屋の中へ入って行く。
俺もAKを担ぎ、小屋の中に入る。
そこには地下への階段があり、その前にはH&K G3自動小銃を持ったゲリラが睨みを利かせていた。
地下では武装したゲリラが大勢いて、俺達傭兵集団を歓迎してくれた。
「よく来てくれました」
頭にバンダナを巻いた髭面の男がスペイン語で言い、リーダーと握手する。
彼は、FN社製の自動小銃FALを背負っている。
「いやいや。こっちだって、この商売やってるんだから金貰ってトンズラは良くないでしょ」
リーダーもスペイン語で応じ、早速仕事のブリーフィングに入った。
ここバルベルデ共和国は、八十年代に一度クーデターが起きている。
その際民主化が掲げられ、クーデターの成功と共にそれは叶えられた……はずだった。
所詮、独裁者を蹴落としても新たに王座に座る者が、また独裁者になるだけである。
今回のクーデターもまた、繰り返す歴史の一部という事だ。
でも、それが飯のタネになるのなら俺達はどこでも行く。
それが、傭兵の流儀だった。
ブリーフィングと言っても、計画の一から九まではゲリラの皆さんが立てていた。
俺達は頭数を増やすだけに呼ばれた駒であり、革命後に華々しく輝くことは無い。
俺達は仕上げの十。実戦の為の存在だ。
「それじゃあ、行くぞ!」
リーダーは自分のAKの槓桿を引き、薬室に弾を込める。
続々と出撃していく中、ゲリラが何らかの液体が入った瓶を運んでいる。
ガソリンと機械油の臭いがする。
おそらく、ガソリンとエンジンオイルの混合液。多分、洗剤や砂も混ざっているのだろう。
以下の四つが混ざっていると、疑似的なナパームになる。
政府軍は戦車や装甲車を持ち出すだろうから、有効な手段だろう。
俺は煙草を咥え、またトラックに乗り込んだ。
隣に座る女傭兵が、自身のAKに銃剣を装着している。
「ヴァンプの腕の見せ所だな」
仲間に
「楽しみだなぁ……」
恍惚な言葉を漏らす。
「……変態だな」
俺が苦笑すると、ヴァンプは煙草の火の付いた部分だけを、銃剣で切り落とした。
「何か言った?」
「……失敬」
俺は煙草に火を付け直す。
彼女もそれ以上何も言わず、周囲を警戒し始める。
景色はスラムから、ビルが立ち並ぶ近代的な街並みになってきた。
すると、近くで爆発が起こった。
「仲間が陽動を開始しました」
ゲリラが片言の英語で説明する。
リーダーが立ち、俺達に向かって改めて目的の確認をした。
「いいか! 我々は、議事堂に向かう。国会議員の確保と議事堂の制圧が目的だ!」
「しつも~ん」
ヴァンプが手を上げる。
「……なんだ?」
「議員が抵抗したら? 殺してもいいの?」
「……ここには、ミートパイを作りに来たんじゃないぞ」
リーダーがつっこみを入れると同時に、前方を走っていたトラックが吹き飛んだ。
「なっ!」
「!?」
俺達のトラックも急ブレーキをかけ、スリップしながら止まる。
「……おいおいおい!」
仲間の一人が悲鳴に近い声を挙げた。
「戦車だ!」
その言葉に仲間の多くが飛び上がり、トラックから飛び降りた。
「RPGは?」
「待ってろ!」
キャタピラから大仰な音を立て、スクラップと化したトラックを押しのける戦車。
T-72だ。旧ソ連製の戦車。
バルベルデ政府軍の主力戦車で、現地改修されている。
主砲が市街戦やジャングル戦用に切り詰められており、RPGの弾頭不発を狙うスラット装甲が取り付けられていた。
砲台上部にある機銃が動き、俺達の方を向く。
「逃げろ!」
リーダーが叫ぶのと、RPG-7を持っていたゲリラが対戦車弾を発射したのはほぼ同じタイミングだった。
傭兵は路地へ逃げ、ゲリラは無謀な戦いを挑んだ。
無慈悲な機銃の掃射音を聞きながら、通りを後にする。
しばらく走ると、開けた広場に出たのでそこで小休憩をとる。
「……待ち伏せか」
「情報が漏れたのかしら」
「かもな。……民主化か金かって言われたら、俺だって金を取る」
額の汗を拭い、水筒の水を飲む。
「皆聞いてくれ!」
リーダーが地図片手に呼び掛ける。
「ここは議事堂から五キロ地点だ。道案内のゲリラも居なくなっちまったし、今から地図頼りに行く。迷うなよ!」
リーダーが立ちあがるが、進行方向から何台もの
中には、重機関銃を装備してるものもある。
「……前言撤回! とにかく西へ向かえ! 議事堂前で集合だ!」
リーダーはそう叫び、M18スモークグレネードを投げる。
それを合図とし、てんでんばらばらに傭兵達は逃げ出した。俺は隣にいたヴァンプと駆ける。
言われた通り、西へ向かう。
度々イスラエル製のアサルトライフル・ガリルARを持った政府軍兵士とかち合い戦闘になるも、それを蹴散らし俺達は議事堂へと順調に歩を進めた。
度重なる戦闘で、ヴァンパイアの如く全身血まみれになったヴァンプが指を指す。
「アレ、議事堂じゃない?」
指す方向には、白亜の建物がそびえ立っていた。
建てた時代にはまだソ連があったせいか、どことなく共産主義風味が漂っている。
これでレーニンかスターリンの像があったら完璧だ。
咥えていた煙草を吐き捨て、夕日に照らされる議事堂を睨む。
「でも、今から動くには危ないな。一晩明かすか?」
一般市民は銃撃を恐れどこかに逃げてしまった。だから、留守の家を漁れば、最低でも飯くらいなら調達できるはず。
「……いや。丁度タクシーが来たわ」
ヴァンプが向いてる方に視線を移すと、パトロール中の軍隊がUAZに乗ってやって来たところだった。
「……なるほど」
AKを構え、前輪を狙う。
5.54ミリ弾がタイヤを破壊し、ジープは停まり兵士が降りてきた。
そこを狙い撃つ。
ツーマンセルの片割れを殺すが、一人を撃ち漏らした。
「ちっ! ……俺が近づく。援護頼むぞ」
引き金に指を掛けながら、俺はジープに近づく。
その時だった。
「
政府軍兵士がRGN手榴弾のピンを引き抜き、自爆覚悟の距離で放ったのだ。
反応が僅かに遅れる。
ヤバいと思う間も無く、俺は引き金を引いた。
思わず目を瞑るが、手榴弾は俺から少し離れた所で爆発する。
「……死ぬかと思った」
「貸し一ね」
どうやら、彼女が銃床で打ち飛ばしたらしい。
「反射神経衰えたかな……」
目の前に転がる兵士の遺体を見下ろし、肩を落とす。
UAZを奪った俺達は、議事堂の前に乗り付け先に到着していた仲間達と合流し、目的通り議事堂の制圧と残っていた議員を拘束した。
結果的に、ゲリラ率いる反乱部隊のクーデターは成功し、傭兵達は約束通りの報酬を受け取り……バルベルデから去った。
……その後。
俺はリーダーにだけ辞める事を告げ、了承を得た。
前々から辞めようと思っていたが、今回の手榴弾の一件で決心がついたのだ。
十代後半から戦い始め、もう三十年近くなる。
このへんが潮時だろう。
下手に相談して決心が鈍らないように、静かに宿舎代わりのテントから出る。
目指すは、母国日本だ。
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