最終話:カルカ村の未来

 ――――――――――宿屋の女将バーバラ視点。


 世の中にヘタレと呼ばれる人種がいることは知っている。

 しかしあのロバートという童顔の男は……。


「ロバート君は消極的過ぎやしないかね? バーバラはどう思う?」

「村長の言う通りだと思いますよ。まったくロバートときたら……」


 村長宅に招待され、絶品のスコーンをいただきながら、カルカ村の少子高齢化問題について話し合っている。

 ロバートとフィオナの恋の行方についての、下世話な雑談ともいう。


「どこからどう見たって両思いだろう? 甘々だろう? 同棲だろう? 何故関係が進展しないんだ?」

「同棲じゃなくて同居ですよ。村長」

「同じだよ。実質的に何も違わない。二人はラブラブなのだから」


 ハーブティーをいただく。

 この前フィオナに飲ませてもらった、甘みのあるハーブティーは美味しかったねえ。

 フィオナは気遣いのできるいい子だよ。


「盗賊を相手にした時のロバート君の踏み込みは実に素晴らしかった。どうしてフィオナが相手だと踏み込めないのか? 理不尽極まる」


 思わず吹き出しそうになる。

 どうして村長は盗賊とフィオナを同一視してるんだか?

 ダガーを片手にへっへっへっと下品に笑うフィオナを想像して、少しクスリとする。


「……カルカ村の少子高齢化問題は冗談ごとじゃないのだ」

「そんなことはわかっているさね」


 一〇年前の魔物の襲来の際、大人より子供の方が多く犠牲になった。

 様子を聞きに行った親と分断されてしまった、現れた魔物にパニックになってしまい飛び出してしまう子が多かった、たまたま子供達を集めた集会所が焼かれた。

 理由はいろいろある。

 思い出したくない記憶だ。


 その後は皆が食べていくことと村の復興とに必死だった。

 フィオナの世代以下の子供の数は極端に少ない。


 村長が眉を曇らせる。


「このままでは村が消滅してしまうこともあり得る」

「まさか」

「まさかじゃないんだ。バーバラもわかるだろう?」


 村長の深刻な顔に閉口する。


 ……カルカ村は街道沿いにあり、位置的に悪くはないけど、特産品があるわけじゃない。

 村長の指導力があってさえ、魔物の襲撃後に村を離れた者の数は、魔物に殺された者より多かった。

 辺境区の自治村の住民という立場は、税金も安く自由ではあるけれども、いざという時の保障がない。

 魔物の襲撃で改めてその不安定さを思い知った者が多いのだ。


「ようやく傷が癒えてきた。村の機能という面でも住民のメンタルという意味でも。今ここで希望を見せないと、王国の正規領域や辺境区内のより人口の多い自治村に住民が散ってしまうよ」

「……村長の見立てだ。確かなのかもね」

「しかしロバート君がやって来たろう? 彼こそが希望だ!」


 何とあの頼りなさげなロバートは、王都を追放された勇者アーサーだという。

 盗賊どもを瞬時に片付けた鮮やかな手並みをこの目で見ても信じられないねえ。

 だってヘタレだもの。


 村長が怪気炎を上げ、立ち上がる。


「ロバート君とフィオナとの間に生まれる子は、単なる子供じゃないんだ! 大神の加護持ちと伝令神の加護持ちの子だぞ? 期待を寄せたくなるのはわしだけではないはず!」

「どうどう。落ち着きなよ。村長ももう若くないんだからさ」


 村長は少子高齢化対策なんて言いながら、ロバートとフィオナの間に生まれた子に求心力を見ていたんだな。

 ただそれだけでは……。


「仮にロバートとフィオナの子がすごい人物に育ったとするよ? だからってどうなるもんじゃないだろう?」

「ドライフルーツと酒をカルカ村の主要産業にできまいかと考えている。わしのスコーンも名物にならんかと、工夫を重ねたものだ」

「あら嫌だ。このスコーンにはそんな思惑があったのかい?」


 やっぱり村長だけのことはあるね。

 見直したよ。


「こんにちは」

「ああ、ロバート君とフィオナか。入り給え。スコーンがあるよ」

「やった! ありがとうございます!」


 おやおや、フィオナは嬉しそうだね。


「どうしたんだね? スコーンを食べに来ただけじゃないんだろう?」

「相談がありまして。カルカ村で孤児を引き受けることはできますか?」

「詳しく話を聞こう」

「はい、実は……」


 何々? ロバートは孤児院育ちなのかい?

 王都は職を求めて、あるいは成功を夢見て集まるものが多い地だけに孤児が多く、その扱いは大きな問題になっている。

 でも孤児達に予算を多く配分するわけにもいかず、その待遇は何とか餓死しない程度だって?


 ひどいもんだね。

 華やかな王都にそんな裏があるとはね。


「教育もなおざりで、ボクもフィオナさんに教えてもらうまで、字の読み書きさえできなかったくらいです」

「ふむ。して、孤児を引き取るとは?」

「ボク自身は王都への立ち入りを禁止されているんですが、フィオナさんがいればカリンと連絡が取れます。カリンは孤児院に顔が利きますから、孤児達を引き取ることは可能かと思うんです」

「少子高齢化問題は解決だっ! 感謝するぞ、ロバート君!」


 ガッツポーズを取る村長を生温かい目を向けるロバート。


「カルカ村は素敵な村ですから、ここでお世話になれるなら嬉しいと思うんですよ」

「こちらも万々歳だ! 毎年五人ずつ引き取ろうじゃないか」

「わかりました。その条件で交渉してきます。三日後には戻りますね」

「「三日後?」」


 王都でしょ?

 片道半月はかかるんじゃないの?


「いえ、今のボクは飛行魔法が使えますので」


 目を伏せるロバート。

 そうか、カルカ村が魔物に襲われた当時は使えなかった魔法なんだね。


「いかん! もっとゆっくり旅を楽しみなさい。そしてフィオナとイチャイチャしなさい」

「露骨過ぎますよ」

「村長さんのバカッ!」


 スコーンに夢中で会話に参加していなかったフィオナの顔が赤くなっている。

 フィオナはまだ一六歳だよ?

 村長も焦んなくたっていいのに。


 ぷんすか怒るフィオナを見て、カルカ村の未来は明るいなと、微笑ましく思った。




 ――――――――――おしまい。

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行き倒れを拾ったら運命の人でした アソビのココロ @asobigokoro

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