世界にたった一つの特別な世界。
Y.T
I FOR YOU CUZ YOU FOR ME.
莉子様は令嬢ごっこ中。
悪賢い人は勉強を軽蔑し、単純な人は勉強
を称賛し、賢い人は勉強を利用する。
フランシス•ベーコン 随筆集
そこに、特殊強化ガラスでできた窓から柔らかな朝日が入る。畳の他には机とトイレ、そして布団が
「
上品な服装で、白い毛がもこもこしている、そんな羊が二本足で立ち、言葉を話す。背の高さは、成人男性の平均よりも少しだけ上だ。
その羊の着ているものは、サラリーマンなどが着るスーツとは異なる——いわゆる「モーニングコート」と呼ばれるものである。
黒い上着は、丈が長くゆったりとしていて
「当たり前ですわ。だって、わたくし、お
「セバスチャン」とこの
綿を伸び縮みしやすいように編まれたグレーのスウェット生地。そんな服を上下に着ている。少し厚手の生地ではあるが、サイズが彼女にぴったりなので、下着の線がはっきりとわかる。その長い黒髪はゴムで一束に結われていた。
そして莉子は、
「
二人が話していると、この部屋の外にある廊下の、更に奥にある
だがこの二人は、意に介さない。
「ねえ? あなたのキャラに合わせてあげてんだから、少しは私の冗談にも合わせてよ?」
「これが私めの合わせ方で御座います。それと、口調が戻っておいでですよ?」
「あら
カッカッカッカッ。
「それにです。お言葉ですが莉子様は、この私めのノリを、とても気に入ってらっしゃるご様子です」
「そうですわね。嫌いではありませんわ」
カッカッカッ。
カツン。
靴の音が、この部屋のドアの前で、止まった。
「番号!!」
「はーい、出席番号三番。
「誰が下働きだ! それになんだその喋り方は!? ふざけるな! 番号と言われたら『呼称番号』だろうが!!」
「『
ここは、
「しらばっくれるのか!? お前がやったんだろう! お前が、
「あらまあ、お気の毒に。たしかに、わたくしがやったことになるのかしら?」
「どういう事だ!? 【受刑者】は【刑務官】に『逆らえない』——『攻撃できない』ハズだろう!?」
「あらあら。わたくし、別に逆らう気はありませんことよ? 冗談は言いますけれど。先ほども番号、言いましたでしょう?」
「じゃあ彼女の事は、どう説明する!!」
看守部長はドア越しでもわかるぐらいに興奮している。
「どうって——どうなってるんですの? わたくし、この部屋の外は、
「彼女は……彼女は、くそっ! 倒れている!!」
看守部長は、事細かに「玲奈」の説明をすることを避けた。
「そうでしょうね? それで? なぜわたくしがやったのだと思うんですの? たぶん、わたくしのせいでしょうけど」
「それは——」
「それは、俺とお前以外この施設で、生きている者がいないからだ!!」
「ああなるほど」
莉子は、特に悪びれもせずに言葉を続ける。
「わたくし、攻撃などしてませんわ。ただ少し、『実験』をしていたんですの」
「実験!?」
小窓には、看守部長の顔が張り付いていた。部屋の内側から見える彼の目は、血走っている。
「ええ、わたくしの取得した【毒合成】がどんなものなのか、試していただけですわ。きっと貴方以外、誰も【毒耐性】を取得していなかったのでしょうね?」
「——たしかに俺は、お前という人間を知っている。だからこそ、このスキルを
「あらあら、部長さんともあろうお方が、わたくしのことが怖かったんですの? ふふ、お可愛いこと。ところで、まだ実験は
「なんだと——!?」
「今、貴方の息を妨げているのは果たして、涙と鼻水だけなのかしら?」
「そ、そういえば、息が苦しい」
「今、わたくしオリジナルの毒を、『合成』したのです。『酸素を自分と同じ毒に変える毒』を」
「な、何?」
「たとえ毒に耐性がある
「め、命令だ。やめろ」
「ええ、命令どおり、やめました。ですがこの毒は、一度外に放ったら、かってに増え続けます。——わたくしには、止められませんわ」
「お、まえは、何故、へい、きなんだ?」
「わたくしが息を吸うと、この毒は、酸素に戻るんですの」
「な、ぜ、だ……」
「まだ何か?」
「なぜ、こうげき、できる」
「ふふ、攻撃ではありません。『言葉が必要なルール』なんて、解釈次第でどうにでもなるわ。さっきの番号がそうだったでしょ?」
「……」
「それと玲奈ちゃん、だったっけ? あの子きっと、部長さん以外にも好きな人いると思うなー。だって、あのイケメン看守さんと一緒の日、めちゃくちゃメイクに気合い入れてるもん」
「……」
「玲奈ちゃんが上番中で良かったー! たぶんあの子、更衣室のロッカーにかわいい服をしまってるはずでしょ? ふふっ、あ、もちろん借りるだけよ? 泥棒なんてはしたないもの」
「莉子様」
「どうしたの? セバスチャン」
セバスチャンが話しかけたことで、莉子は、ドア越しの看守部長に声を掛けるのをやめた。
「口調が戻っておいでです」
「あ」
「それと彼は恐らく、ご臨終です」
「それはそれは、お気の毒様」
「それよりこの毒、どう致しますか?」
「そうですわね。違う毒で打ち消しましょう」
「ほう? 流石は莉子様」
「何を言ってるんですの? 先ほどの説明、全部貴方の受け売りですことよ?」
莉子は手のひらを周囲にかざしながら言う。
その手からは白い光の直線が、無数に放たれていた。
「いえいえ、使ったのは莉子様です。貴女様の実力ですよ」
「でも、わたくし以外の
「
「ええ、だって面白そうなスキルはまだまだ山ほどあるし、わたくし、【レベル】だって上がりましたもの。この部屋の扉を無視できるくらいには」
そう言って莉子は、この独房のドアに、足をかけた。そして、勢いよく伸ばす。
独房のドアはもたれていた部長ごと吹き飛び、廊下の窓ガラスを
「お見事です」
「よして下さいな。貴方の助言があってこそなのだから。これからもサポート、よろしく頼みますわよ?」
莉子は廊下に出ながらも、手からは光線を出し続ける。
「勿論で御座います。貴女様の生存は、私めの生存と同じです。私め自身の為にも、お役に立たせて頂きましょう。一生をかけて」
「ふふふ、プロポーズみたいですわね? でも好きよ? 貴方みたいな『恐ろしいヒト』、とても頼もしく感じますわ」
「恐縮で御座います」
莉子は周囲に光をばら撒き終わり、セバスチャンのその目を見つめる。
「わたし自身、流されやすい性格だからこそ、貴方のようなヒトに、惹かれるのかもね」
「莉子様。また口調が」
「んもう」
「しかし、そうですね。私めも貴女様のように、自分自身を知り、開き直れる人こそ、恐ろしく感じ、そして頼もしいと思う次第で御座います」
「ふふ、わたくしたち、理想のパートナーですわね?」
「恐縮で御座います」
——それはこの世界の、新しい朝の、出来事だった。
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