第11話 2の矢2

  人物紹介

 ホラズム側

オグル・ハージブ かつてのブハーラーの守将。

シャイフ・カン かつてのサマルカンドの守将。

クトルグ・カン かつてのジャンドの城主。

 戦況の推移とともに、3人ともウルゲンチに逃げて来たのである。

  人物紹介終わり



 伝令に案内されるままに三階に上がり、そこの一室に入る。懐かしき顔がそこにあった。旧交を温めるために、そして何より互いがまだ生き残っておることを確かめるために、軽く抱擁をかわす。


「先に靴を脱がせてもらうぞ。これでは足が冷えてかなわぬ」


 そう言うとシャイフは水の染み込んだ革の乗馬靴を脱いだ。二人はテーブルを挟んで向かい合って座した。オグルは近習を呼び、布を持って来させた。シャイフはそれで足を拭きながら問うた。


「南城の北門の守備を任されたのか」


「いや。我のおるところまで呼びつけては悪かろう」


 そう答えてから、オグルは更に火鉢を持って来させ、シャイフにこれで足を温められよとして、その足下に置かせた。


「かたじけない」それに裸足のまま足を差し出してから問うた。「いずれかの門を任されておるのか」


 オグルは「いや」とのみ答え、目を伏せる。


「そうか。クトルグ・カンもかたくなな御方だからな。ことあるごとに、そなたをいずれかの門の守将にすべきと訴えてはおるのだが、未だ聞き入れてもらえぬか。出自明らかで実績もあるそなたを用いず、何を好き好んでグールの将などを用いておるのか」

 そうひとしきり憤懣を述べたシャイフであったが、オグルが何も言わぬので、話を転じ、「南城はどうなのだ」と問うた。


 シャイフの下には、やはりクトルグからの伝令により、毎日南城の戦況が報告されておった。ただ捉え方は各々で異なろうゆえ、聞きたく想ったのだ。オグルの武将としての見識を信頼しておったということもある。


 近習にシャイフの靴を乾かすべく、別の大きな火鉢の傍らに置くよう命じてから、オグルは答えた。


「相変わらず投弾は続いておる。城壁の損害もかなりのものとなっておる。いずれは破られよう。しかしクトルグ・カンが北城の軍を率いて入られたことは心強い。何よりここの住民軍は戦意が高い。驚くほどに。しばらくは大丈夫だ」


 モンゴル攻囲の始まりに際し、オグルたち南城の諸将が『住民軍と協力して守れ』と最初の指揮官――既に投降した――フマル・テギンに命じられておったのは、シャイフも知るところであった。


 住民軍と協力できなかったサマルカンドとは雲泥の差であった。あの都もあすこの住民も我らには親しみがなかった。スルターンは何故か気に入ったようだが。シャイフ・カンは一瞬サマルカンドから脱出した日を想い出しかけたところで、モンゴル軍に追われた恐怖が身内にまざまざとよみがえり、その記憶に急ぎふたをした。


「それより本丸はどうなのだ」とのオグルの問い。


「果たしていつまでというのが正直なところだ。クトルグ・カンは五千もの軍勢を授けて下さり、また武器・食料が不足せぬよう南城から送って下さるとはいえ、持ちこたえるにも限度がある」


「そうではないかと危ぶんでおったところだ。北城本丸が残っておればこそ、モンゴル軍も攻め手を二つに分けねばならぬ。まさに我ら南城軍にとっての生命線。ゆえにこそのクトルグ・カンの差配であろう」

 シャイフは近習が運んで来た熱い乳茶を、舌をやけどせぬよう少しずつ飲みながら、話を聞いておった。うなずき、目顔で先をうながした。

「策があると伝えたのも、そのためだ。これは是が非にも本丸が落ちる前にやらねばならぬ」


 シャイフは想わず身を乗り出した。


「住民から提案があったのだ。アムダリヤ川のせきを壊して、ここに水を引き入れてはどうかと」


 シャイフは言葉を返すことができなかった。


「我も最初は驚いた。ただかつてはそうしたこともあったらしい。住民に伝わる話ではセルジュークのスルターン・サンジャルの攻めをそうやって防いだと」


 シャイフには良く分からなかった。


「この都を泥土と化して、敵の騎馬軍を無力にするのだ」


 そこまで言われて、ようやく呑み込めた。ただオグルの説明はそこで終りではなかった。


「地下通路が泥に埋まって使えなくなる可能性がある。ゆえに、そなたらは安全な退路を失うことになる」


 それを聞いたシャイフはしばし沈黙し、それから告げた。


「仕方あるまい。その策を用いればモンゴル軍はこの都より引き退くかもしれぬ。ならば、それに賭けようぞ。どのみち、南城に無事に逃げ込めたとしても、モンゴル軍に囲まれている以上、同じことよ。それにあの通路はいやでしょうがない。もう、あすこを通らずに済むと想えば、せいせいするわ」


 自らの気持ちの踏ん切りをつけるためもあり、そう言い放ったものの、それでもなお一つ気がかりがあった。

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