第70話 サマルカンド戦3 ホラズム軍議2
人物紹介
ホラズム側
タガイ・カン:テルケン・カトンの弟。スルターンにとっては叔父。カンクリの王族。サマルカンド城代。
バリシュマス・カン、サルシグ・カン、ウラグ・カン、シャイフ・カン:サマルカンドの守将。カンクリ勢。
アルプ・エル・カン:サマルカンドの守将。マムルーク部隊を率いる。
人物紹介終了
他の武将たちの軍議への参加の仕方は様々であった。
まず最大勢力たるカンクリ勢。
できるだけ良い作戦をとの想いから、積極的に発言するサルシグ・カン。
逃げ切れるかどうか不安で一杯であり、といって残っても死ぬだけであり、他に道はないかと想い直すという堂々巡りの中で、冒頭でバリシュマスにきつく言われたこともあり、その後はほとんど発言しなかったウラグ・カン。
周囲からはカンクリ主義者と目されており、ここでもやはりカンクリ勢はウルゲンチに集結を図るべきですとの一点張りのシャイフ・カン。
それ以外の勢力の者としては。
マムルーク部隊を率いるアルプ・エル・カン。この者はカリフのおるバグダード方面への先の遠征において大功を立てたために、この地位を授けられたのであった。そして、この場では多勢たるカンクリ勢の判断にそもそも異を唱える気はないらしく、また実際そうしなかった。籠城して戦うなら、それは望ましきこと。何せそれはスルターンの命令を忠実に守ることである。サマルカンドを放棄するなら、スルターンの下に戻るだけであった。
軍議が進み決められたことは、まずタガイとバリシュマスの出撃に合わせて、残りのカンクリ勢とマムルーク部隊は二つの東門から逃走を図ること。南門のみでは出撃に時間がかかり過ぎ、またそこを幾重にも包囲されては、出撃することさえかなわぬといった事態におちいりかねぬ。それを恐れたのであった。
次にその後、全軍一体となって、略南南東を目指すこと。チンギスが布陣するコク・サラーイはサマルカンドの南西方面にある。その脇をすり抜けて突破を図るというものであった。これはまさに住民軍の取った経路でもあった。そしてそのまま一路アムダリヤ川を目指す。
「グール部隊はどうなさるお積もりか」
それまでほとんど軍議に参加しておらぬ、発言もしておらぬグール勢の意向をタガイは最後に問うた。その武将の一人たるハルゾル・マリクが口を開いた。
「我らグール部隊の考えは既に決まっております。我らには馬がありませぬ。逃げ遅れること必至です。ゆえに我らはこたびの脱出に加わることはできませぬ。ただし城壁上からの援護射撃、陽動のための出撃はお任せ下さい。いずれの門からが良いと想われますか」
「南門側はわしが引き受けると言うておろう。そなたらは東か北かだ」
とバリシュマス。
「手に入れた情報によれば、現在、北門側にはチンギスの息子トゥルイが布陣しておるようです。他方、東門側は武将の一人。そして見たところからも明らかに東門側より北門側の方が、敵が多うございます。ここはそのトゥルイ部隊を抑えるべく、北門から出撃して頂いてはどうでしょう」
とウラグ。冒頭以来久々に口を開く。
「そうして頂ければ我が隊も助かる」
すぐに言葉を発したのは、二つある東門のうちの北寄りの門からの出陣を予定するアルプであった。
「確かにアルプ・エル・カンのところが逃走経路から最も離れておる。トゥルイを抑えてくれればあり難い。そうしてくれるか」とタガイ。
「分かりました。お任せ下さい」
「最後まで留まるお積もりか」
とタガイが問う。
「いえ。後日、夜に脱出を図る積もりであります。そのまま我が国土に戻りたく想っております」
「うむ」
「我らカラジ部隊はグール部隊と行動を共にしたいと考えております」
とその指揮官が付け加えた。
「我らが出撃したのを知れば、住民勢は時を置かず降伏を申し入れよう。モンゴル軍はまずは我らを追うであろうゆえ、すぐに城内に入るか否かは分からぬが、できうればその夜のうちに逃げた方が良かろう」とタガイ。
ハルゾルは「ご助言。あり難く承ります」とのみ返答した。
タガイはそれ以上その件については何も言わなかった。元々グール勢にしろカラジ勢にしろ、その忠誠を誓う相手はあくまでスルターンであり、己ではない。そして己の指揮下にあるのは、あくまでサマルカンド防衛というスルターンの命に従ってのこと。ゆえにここを放棄するならば、己に従うべき義務はなくなる。そのことはタガイも他の諸将もわきまえておった。
「援護の申し出。痛み入る」とタガイ。
「ではご武運をお祈りしております」とハルゾル。
「何を言うか。そなたらも出撃するのだろう」
とバリシュマスが大声で大喝すると、
「それは無論分かっております。我が言いたいのは」
と慌てて弁解しようとするのに。
「冗談だよ」
とおどけて見せる。それにつられて笑いが起こった。今回の軍議にて初めてのことであった。
皆が帰らんとする頃、最前の意見が受け入れられ、少し話す勇気が湧いたのか、ウラグが一つ提案した。
「住民勢にモンゴルへの連絡を禁じたとのことでしたが。どうでしょう。我らの方で偽の使者を発して、まず降伏の旨を報せ、更には明日の朝に贈り物を携えた者たちを発するゆえ、投石機による攻撃を止めて欲しいと頼んでみては。うまく行けば敵は油断しましょうし、投石による犠牲も防げます」
「おうおう。こんなところに我らの軍師様がおったか。最初からそのような提案をしてくれれば、先の如くきつく当たったりせぬのにな。いや悪かった」
と言って、バリシュマスは再び大笑する。
タガイ自身、謀りは決して好むところではなかったが、今はそんなことを言える時でないことは、百も承知しておる。早速使者をモンゴル軍に派遣した。
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