第2話 サマルカンドのスルターン

  人物紹介

 ホラズム側

テルケン・カトン:先代スルターン・テキッシュの正妻。スルターンの母。ゆえに、母后とも呼ばれる(中国風にいえば皇太后)。カンクリの王女。(ちなみにテキッシュは既に亡くなっている)


スルターン・ムハンマド:ホラズム帝国の現君主


タガイ・カン:テルケン・カトンの弟。スルターンにとっては叔父。カンクリの王族。

  人物紹介終わり




 その頃サマルカンドにては。


 タガイ・カンの見るところ、スルターンは幾分、満足げにさえ見えた。己が任された城壁の修復の進行状況を見たいということであり、案内しておったのである。ただ外城の周り、その北側を巡っておる時、そこの川濠かわぼりを見てスルターンは顔を曇らせた。


「やはり気になりますか」


とタガイが問う。


「こんなもの。みぞにしか見えぬ。ウルゲンチとは比べものにならぬ」


 底の泥がさらわれて、ほりは以前より深くされておったが、それをスルターンに訴える気はなかった。タガイ自身がそれでは不十分なものとみなしておるのだ。


「シアブ川は絶対的な水量が足りませぬ。この濠の造りの問題ではないのです。ここの都自体がその水の多くを南のバラス川に頼っておるのですから」


 シアブ川もバラス川もザラフシャーン川から分流した運河である。


「守り切れると想うか。是非、叔父貴おじきの率直なるお考えをうかがいたい」


 その濠のほとりにおるスルターンは、次に外城の城壁を見上げた。タガイもそれにつられて上を見る。青い空を背景にするが、北から見ておるということもあり、あくまでそれは暗くそびえておった。確かに見上げるだけの高さはあった。容易に乗り越えられるものではないということだけは明らかである。


「敵により濠が埋められたとしても、この城壁である程度は持ちこたえられましょう。ただスルターンの言われる通り、ウルゲンチの方がよほどましでしょう」


 とタガイは正直に想うところを述べた。スルターンは経験少なき者ではない。嘘を言っても仕方ない。


母后ぼこう(テルケン・カトンのこと)の下に行かれますか」


 その問いに対しスルターンは何も答えなかった。果たしてそのスルターンの心中にモンゴルを迎え撃つ有効な策があるのか。その言葉と表情からうかがい知れるのは、不安だけであった。

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