ゴスロリと甲子園

多聞

私はミヤコの妥協を許さない姿勢が好きだ。『狙い撃ち』が響くアルプススタンド。私はかちわり氷を額に当てながら、双眼鏡を構えたミヤコを眺める。炎天下のゴスロリは、ややアンバランスだった。クモの巣柄のタイツに包まれた両脚に目をやる。

「私ね、こんな脳が沸きそうな気温でも露出を抑えるミヤコのことを尊敬してるの」

そう、と双眼鏡から目を離さずに返すミヤコ。

「そのうえ、長袖のブラウスにジャンパースカートの重ね着でしょ?見てる方が暑いぐらいだよ」

流れ出る汗をものともせず、背筋をしゃんと伸ばす姿は美しい。日陰のところに移動しようよ、という言葉はついぞ口にできなかった。

アルプスの前方で奇っ怪な踊りをしていた野球部員が席についた。縦縞のユニフォームには明徳という文字が見える。攻守交代。守備についた球児たちに、ミヤコは双眼鏡を向ける。

いつか秋季大会を現地まで観に行ったとき、なぜ高知出身でもないのに明徳義塾を応援するのか、と聞いたことがあった。

「だってわたし、明光義塾に通ってたから」

ミヤコはいつだって簡潔な返事を寄越す。解説を求めると、「字面が似てるでしょ」という答えが返ってきた。そんなどうでもいい理由でここまで一生懸命になれるところが興味深い。

ワーッという向かい側から聞こえる歓声に、私は目の前のグラウンドに意識を戻す。電光掲示板には四対一と表示されている。となりから「チッ」という百点満点の舌打ちが聞こえた。

「ねえ、次で終わりなの?」

そうよ、と憎々しげにミヤコは双眼鏡を構え直した。ヘッドドレスを着けた黒髪ロングから湯気が立っているようだ。

九回裏。やけっぱちのような応援団の声が馬鹿みたいに響く。私はほとんど溶けたかちわり氷を口に含んだ。ぬるい。周りの祭りのような騒がしさに、眉をひそめながら飲みきる。グランドを見ると満塁だ。

「これでホームラン打てば逆転勝ちじゃない?」

「そんな簡単に言わないでよ」

語尾が震えている。ミヤコは双眼鏡を放り出すと、胸の前で両手を組んだ。ここまで余裕のない姿を見るのは久しぶりだ。私はしげしげとゴスロリのミヤコを眺めた。どんな状況でも能面を思わせる表情は、今や赤みがさして必死の形相になっている。そんな人間臭い表情がとても面白い。ゴスロリと妙に合っている。

カキン、とバットにボールが当たる音がした。歓声とも悲鳴ともつかない叫び声が、そこかしこから沸き起こる。飛び跳ねんばかりに立ち上がるミヤコの姿を目に焼き付けてから、私はベンチに倒れこむ。あとでミヤコに介抱してもらおう。

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