百合豚と普通のオタクがちょっとしたきっかけでズブズブとはまっていくよくある話

川木

第1話 物書きな百合豚が理想の百合カップルの傍にいたらこうなる

「アメリ……」

 桐絵が切なそうにアメリの名前を呼び、その肩を抱き寄せる。アメリはその桐絵の顔を見ると、いけないと思いながらも心臓が高鳴るのを感じた。

「駄目、かな?」

「……特別よ?」

 そう自分にも言い訳しながら、アメリは求められるまま桐絵に口づけを


「きっも」

「! ちょ、ちょっと! 勝手にのぞかないでください! マナー違反ですよ!」


 にゅっと背後から顔の横に飛び出してきたルームメイトに、佐々木佐枝子はぎょっとしてパソコンの画面に飛びつくようにして隠した。

 ルームメイト、安藤夏芽はやれやれ、と折っていた腰をのばして机に手をつき、呆れたようにため息をついた。


「前も言ったけど、実在の人をモデルに勝手に百合小説書く方がマナー違反だよ。いや、モデルならまだしも、実名で本人そのものって、最悪でしょ」

「ぐ。べ、別に? WEBにもださず誰にも見せずに自分だけで楽しむ分にはいいじゃないですか。私は無罪です!」

「法的にはそうでもよりキモイって言うか」


 佐枝子は幼少期に百合にはまってから、大好きな百合をたくさん見たくてわざわざ越境してこの全寮制の女子高にやってきた百合豚である。

 そこそこ資産家の娘ではあったのだけど、今では敬語を使って取り繕っているくらいしか余韻はない。読書家と見せかけているのも全てが良質な百合のためである。


 寮に入ってすぐは同室相手も純粋無垢なお嬢様だと思いその本性を隠していた佐枝子だったが、幸いと言うべきか、夏芽も百合豚ではないが何でもありのオタクではあったのもあり、今ではこうして隠すことなく執筆作業をしている。

 が、夏芽としてはさすがにそれは隠してほしかった。にやにやして時々笑い声を漏らしながら、夏芽にとっても同級生をネタにきわどい百合小説を書くのはやめてほしい。幸いどころか、夏芽にとっては災いである。


 そこまで熱心ではない夏芽にとって、自分でつくりだすこと自体は尊敬にも値するし、百合だけとはいえ惜しみなく持ち込まれた漫画やあれこれを自由閲覧可と言うのは助かるのだけど、せめてもう少し隠す努力をしてほしい。


「それより、そろそろ寝るから電気消したいんだけど」

「あ、失礼しました。じゃあキーボード変えるから少々お待ちください」


 同室である以上、お互いに生活を気遣う必要がある。特に音は重要だ。なので夜はタイピング音がならないよう、シリコンタイプに変更するのだ。明かりも消して、液晶の明度も最低にする。

 そうして二段ベッドに備え付けのカーテンを閉めれば、夏芽は上段なのもあり明かりも気にならなくなる。


「お待たせしました」

「はい。私はいいけど、目ぇ悪くするし、ほどほどにしなよ? そもそももう11時なんだから」

「11時就寝している高校生の方が少数派では……?」

「いや普通でしょ。じゃ、お休み」

「はい、おやすみなさい」


 寝る時間も性格も違う二人だが、オタク仲間ではあるからか、寮生活はそこそこ仲良く日々を送ることができていた。


 そうして一学期は無事に過ぎ、夏休みはそれぞれ帰省し、夏休み終了二日前に久しぶりに二人は再会した。

 特に連絡も取りあっていないので、少し懐かしい気さえしながら先に寮に戻っていた佐枝子は愛想良く夏芽を迎えた。


「いやー、お久しぶりですね。たくさん戦利品もあるので、好きに読んでくださいね」

「久しぶり。てか、白いねー。夏休みどこも出かけてないの?」


 部屋の隅の本棚を増築してさらに充実させたのを指しながら言うと、夏芽は荷物を置いてずいぶん増えた本に感心しながら苦笑する。


「コミケは行ってますよ」

「戦利品ってそう言う、え、ちょっと。棚にちょっとあれなのも置いてない?」


 共有スペースではあるけれど、隅の一角は趣味スペースにすると以前にも話し合っていたのでそれはいい。いいけれど、ずいぶん薄い背表紙の列があって驚いてしまう。

 振り向いて問いかける夏芽に、佐枝子はにやつきながら答える。


「ふふ、なに焦ってるんですか? 薄いからって全部18ってわけじゃないですよ。ちゃんと合法です」

「あ、そ、そうなんだ」

「はい。さすがにここに持ってきませんよー。私だってそれくらい弁……あー、まあ、そう言う感じです」

「……そ、そうなんだ」


 どや顔で言いながら、途中でそう言うのも買ってますと宣言しているみたいになってしまったので言葉を濁した。だがもちろん十分察せられてしまったので、夏芽は再度本棚を向いてスルーした。

 夏芽も無理解ではない。ネット上で間違って触れてしまった経験がないわけでもないし、まあまあ興味だってある年頃なのだ。特にオタク関係は、好きなキャラクターで検索して出てきてしまうことすらある。ネットの闇は深い。


「えっと、まあ、百合も嫌いじゃないし、いつも通りぼちぼち読ませてもらうよ。ありがとね」

「い、いえいえ。私としても百合好きが増えるのはありがたいですから」

「もともと嫌いではないけどね。でも積極的にアニメとかで百合解釈とかしなかったんだけど、最近は日常四コマ系も百合に見えちゃう時あるんだよね」

「素晴らしいことです」


 あまり強く勧めても人は簡単には受け入れてくれない。それどころか進めるほど、強制されている気がして心は離れていくものだ。

 だからこそあえて置くだけにとどめ、どれがお勧めなどと言わずに、何を読んでいてもスルーしてきた。その成果が順調に出ているようで佐枝子はにやけるほどうれしい。

 百合はまだまだマイナー文化なので、少しでも布教して人口を増やしていきたい。それがいつか、百合作品が一つでも増えることにつながるのだと信じて。


 うんうん、と後方面して頷く佐枝子に、夏芽は一冊取り出して開きながら振り向く。


「いや、なんか佐枝子の末期症状見てたら正直不安しかないんだけど」

「そんな、私程度で末期だなんて」

「いや何を照れたように謙遜してるみたいに言ってるの。キモいんだけど」

「んんん。夏芽さんもオタクなんですから、キモいって言われる強さわかってくださいよ。百合豚の自覚してますけど、美少女に言われるとダメージ倍率ドンなんですから」


 百合豚としてそこそこ年季が入っている自覚があるが、百合としてベテランかと言われるとまだそこまで。と普通に罵倒のつもりとわかっていてもつい謙遜した佐枝子だったが、夏芽の返答の強さに思わず唇を尖らせた。

 ネット上では顔も知らない相手から煽られるのにも過剰に修飾した罵倒をされるのにもなれているし、ネタとしていくらでも流せるが、面と向かってシンプルにキモいと言われるのは普通にダメージをおってしまう。しかも相手が同年代の普通に可愛い女の子だとなおさらだ。


「いや美少女って。私のことまで二次元に入れるのやめてくれない?」

「え? いえ、普通に夏芽さんは可愛らしい容姿で美少女だと思いますけど」


 顔をしかめて顔をあげた夏芽に、佐枝子はきょとんとしてしまう。

 美少女、とは確かに日常的に使う単語ではないかもしれないが、普通に可愛いのだから美少女と言ってもいいだろう。

 今世紀最大の美少女、などと言うアイドルの文句もあるくらいなのだから、二次元限定でもないはずだ。だから別に、何でも二次元で考えているわけではない。


 と佐枝子としてはごく当たり前に、二次元と三次元の区別はついているアピールだったのに、


「……きっも!」

「えぇ……一応褒め言葉なのに……」


 全力で嫌そうな顔をした夏芽はそう言うと踵を返してベッドに引っ込んでしまった。

 そこまで拒否する必要があるだろうか。別に今のは百合のネタにしたわけでもなく、普通に容姿を褒めただけなのに。百合豚には容姿を評価されることすらキモいと言うことなのだろうか。同じオタクではあるのにひどすぎる。


 さすがに少々しょんぼりした佐枝子だったが、まあ漫画は手に取ってくれて百合を嫌いになったわけではないならいい。佐枝子を嫌いでもいい。百合を愛してくれたなら。

 などとしょうもないことを考えながら気を取り直し、佐枝子は机についてノートパソコンを起動させる。


 佐枝子は現実の人物を主役にした百合小説も書いているが、それはあくまであまりに尊い現実を目にしてパッションが抑えられなくなったからだ。普通にモデルやシチュエーションを参考程度にして、名前も特徴も架空の人物にしたオリジナル百合小説も書いている。


「どうして駄目なの?」

 ドゥチナは涙を浮かべて縋った。アマドゥエラはそっとその髪を撫でて慰めながらも、はっきりとした声音で答える。

「ごめんなさい」


「うーん」


 カタカタ、と調子よくすすんでいたタイピング音がとまり、佐枝子は腕を組んで椅子を左右に揺らした。

 ファンタジー世界での百合小説を書いているのだが、この次の展開は決まっているのにそこに行くまでの会話回しに悩んでいた。どうすれば自然に次の展開に持っていけるのか。


 佐枝子は人物の心理描写を重要視していた。女の子二人いれば全て百合であるが、だからこそその関係性を細かく描写したいのだ。展開のために無理やり不自然なセリフを言わせたり、雑に省略したりするのは嫌なのだ。

 それでいいなら自分で執筆する意味がない。他の人がどうでもよくても、自分がそう言うのが読みたいから書いているのだ。こだわりたいところは妥協したくない。しかしだからこそ、悩むし筆はすすまない。


 この二人が一度離れることになるのだけど、ここまでの性格上そう簡単には置いて行かれる側も納得しないし、置いていく側もすぐ心が揺れてしまってしまう性格なのだ。

 お互いに納得させるまで話し合わせるか、心が揺れる前にと行動に移させるか。はたまた、いっそプロットを直して別行動をやめるか。

 とても悩ましい。


「うーん」


 机から少し離れて目を閉じ、首をまわして疲れを取りつつ、意味なくくるくる椅子を回しながら考える。

 閉じたことで目の奥がジンと痛み、長時間集中していて瞬きが減っていたことを自覚する。ここは一度休憩するか。


「……」


 と悩んでいると、シャッと勢いよくベッドのカーテンが開いて、夏芽が降りてきた。目を開けて時計を見る。時間はほどほどに夕方過ぎている。


「もう食事の時間ですか?」

「んー、喉乾いたんだけど、そうしよっかな。佐枝子も食べる?」

「はい、ご一緒させてください」


 そうして二人は食堂に向かった。向かったところで、佐枝子が小説のモデルにしているクラスメイトの二人がいるのが目にはいり、佐枝子はとっさに視界にはいらないよう夏芽の影にかくれた。


「ん? なに?」

「いえいえ、なんにも。席、あっちにしましょう」


 佐枝子はさりげなくクラスメイトの桐絵と背中合わせになる形で後ろの席についた。桐絵は隣の席でもありそれなりに親しいので、もし気づかれたら挨拶をされてなんなら一緒の席につくことになるかもしれないからだ。

 二人には気付かれることなくなんとかなったが、自分の正面に座っている夏芽はもちろん全てわかっている。夏芽は隣のクラスなので二人から認知されていないが、話に聞いているし遠目にも見たので全て察知している。

 それでも黙って付き合ってくれるとてもいい友人を持った。と感謝する佐枝子に呆れつつも夏芽は普通に食事を始めた。佐枝子も黙って食事を始める。後ろから二人の会話が普通に聞こえる。


「ねぇ、気づいてないと思ってる? 明らかに残してるよね」

「別に、気づいたからなんだと言うのよ」


 まるで盗み聞きをするかのような動きだが、別に指摘されるほどのことでもない。同じ寮生なのだから時間内のいつどの席を利用したっていいし、たまたまクラスメイトの後ろについたっていいし、気が付いたからって挨拶をしなければならないわけでもない。近くにいること自体は気付いているだろうし、声がまわりに聞こえることも認識しているはずなのだから。

 とは言え、全部わかっていてわざとしていて盗み聞きする気が満々なのだから、夏芽に白い目を向けられるのも無理はない。しかしここは譲れない。久しぶりの今一押しの百合カップルなのだから、じっくりやりとりを聞きたい!


「だから、なんでそう自信満々に……。ほら、食べさせてあげるから残さないの」

「そんな強引な、ちょっと」

「嫌な物なら先に食べてからデザート食べた方がいいでしょ? ほら、あーんして」

「もう。仕方ないわねぇ」


 相変わらずいちゃいちゃしている! 佐枝子は思わずにやけてしまいながら食事を中断して二人の会話の行方を見守った。そして二人が立ち去ってから食事を再開したところで、あきれ顔ですでに半分近く食べている夏芽が声をかける。


「あのさぁ、さすがにキモ過ぎるでしょ」

「んぐ。じ、自覚はしてますから、指摘しないでくださいよ」

「いや、足りてない。自分で思ってる五倍はキモいから。普通に盗み聞きだしさぁ。まあ、あの二人の組み合わせ、微笑ましいっていうか、見ちゃう気持ちはわかるけど、それにしたって、顔ひどいよ」

「うぅ……気を付けます」


 にやけていたのは事実なので、そう殊勝に反省する佐枝子。そんな佐枝子に夏芽も表情を緩める。


「まあ、別に二人も見られて嫌ならしないだろうし、見て駄目ってことはないだろうし、実際目を引くけどさ。ここまで露骨にするのはちょっとってことだから」

「わかってます。絶対に、気づかれるようなことはしません。私は壁ですから」

「いやだからそう言う発言がキモいんだけど……」


 気合をいれてそう返事をしたが、何故か夏芽はさらに呆れてため息をついてしまった。そしてすぐにお箸をおいてデザートに手を付けだす。佐枝子はまだ半分も食べていないので少し慌てる。


「あ、すみません。すぐ食べますね」

「いいよ、急がなくて。食後すぐ動きたいわけじゃないし」

「ありがとうございます。夏芽さんってほんと優しいですよね。そう言うところ好きです」

「……はいはい」


 こんなに佐枝子の行動を批判しつつ、それでいて盗み聞きに集中する為に食事をとるのが遅れたのに待っていてくれるなんて、とても優しいいい子だと思う。だから素直に感激してお礼を言ったのに、夏芽はめんどくさそうに前髪をいじりながら生返事をした。

 佐枝子はそんなつれない夏芽に苦笑しながら、いつもよりは急いでご飯を食べた。


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