空を見上げて

口羽龍

空を見上げて

 ここは標高3000m以上の山の中腹。この山には毎年多くの登山客が訪れる。この山は険しく、急峻だ。だが、ここではあまり死者が出ない。訪れる登山客が健脚なのもあるが、ここには昔からドラゴンがいて、遭難したりけがをした登山客を保護し、麓まで送り届けていると言われている。だが、保護された人々以外、そのドラゴンを見た人はいないという。ドラゴンは決して姿を見せず、人知れずこの山を守っている。


 その中腹に、ドラゴンの洞窟がある。だが、誰もその場所を知らない。結界が張られていて、普通の人にはただの岩肌にしか見えない。見られてはならないからだ。


 洞窟の中に、1人の少年がいた。少年の名前はロッヒャー。物心つく頃から山のドラゴン、クルムと共に暮らしている。人間と出会ったことはなく、ずっと山のドラゴンと暮らしてきた。


 ある冬の日、外は大雪が降り続いている。結界の張られている洞窟は暖かい。ドラゴンの魔力によって暖かくなっている。


「いよいよ来年から小学校だな。しばらく離れることになるけど、俺の事、忘れないでな」


 誰かの声に気付き、ロッヒャーは振り向いた。底にはクルムがいる。クルムは赤いドラゴンで、青年のような声だ。


「わかってるよ」


 ロッヒャーは笑顔を見せた。今まで自分を育ててきた。だけど、雪が解けて春が来ると孤児院で暮らすことになる。ここで暮らすのもあとわずかだ。


「何見てるんだ、ロッヒャー」

「流星群だよ」


 ロッヒャーは流星群を見ていた。今日は流星群が多く見える日だ。だが、ロッヒャーはその知らせを知らなかった。


「えっ、嘘!?」

「本当だよ」


 クルムは驚いた。まさか、今日は流星群が見られるなんて。クルムは洞窟から外を見た。すると、流星群が降り注いでいる。とても美しい光景だ。2人は思わず見とれてしまった。


「本当だ。きれいだね」


 すると、ロッヒャーは目を閉じ、願い事をした。ロッヒャーの願いはもう決まっていた。


「願いが叶うといいな」


 目を開いたロッヒャーは笑顔を見せた。ロッヒャーの笑顔を見るだけで、クルムは嬉しくなった。よくここまで育ってくれた。そして、春から人として成長するために独り立ちしていく。


「どんな願いをしたの?」


 ロッヒャーはどんな願い事をしたんだろう。クルムは興味津々だ。


「お父さんとお母さんに会えますようにって」


 ロッヒャーは生後間もなく雪山に捨てられたと言われている。いまだに両親は見つかっていない。外で寒そうに捨てられている所をクルムに拾われ、育てられたという。


 すると、クルムは夜空の流星群を見つめた。流星群を見て、何か考え事をしているようだ。


「ロッヒャー・・・」

「ど、どうしたの?」


 クルムのつぶやきに、ロッヒャーは反応した。一体何だろう。


「真実を話さなければいけない」


 クルムは真剣な表情だ。何か悲しい事を知っているようだ。


「な、何?」

「お父さんやお母さんは、もう帰ってこないんだ」


 クルムは悲しそうな表情だ。ロッヒャーには言いたくなかった。両親がもう死んでいると知ったら、悲しむだろうと思っていた。だが、独り立ちが間近に迫った今はもう言っていいだろう。それを乗り越えて力強く生きていくためにも。


「そんな・・・」


 ロッヒャーは驚き、少し悲しくなった。どこかで住んでいると思ったのに、まさかもう死んでいたとは。


「俺が君を拾った時の事を話そう」


 クルムはロッヒャーを拾った時の事を話し出した。話し始めると、クルムは少し涙をのぞかせ始めた。




 それは6年前の寒い冬の日だ。クルムは外に出て夜空を見ていた。この日の登山客はまばらで、たまに冒険家が通るぐらいだ。彼らは集団で杖をついて山頂を目指している。彼らは山登りに慣れている。あまり遭難することはない。安心して見ていられる。


 今日は流れ星がたくさん降っている。今頃麓の人々は寒い中流星群を見ているんだろうか? よっぽどの事がない限り、麓に降りることはない。


 と、クルムは何かに気付いた。人間の匂いだ。この近くに人間はいないのに。どこだろう。クルムは辺りを見渡した。だが、誰もいない。


 クルムは足元を見た。すると、男女が雪の中にうつ伏せになって倒れている。彼らは夫婦のようだ。


「お、おい、大丈夫か?」


 クルムは2人をゆすった。だが、反応はない。体が冷たい。


「し、死んでる・・・」


 彼らはもう死んでいるみたいだ。クルムは悲しんだ。自分は遭難した人を救い、麓に送り届けるのが仕事なのに、それができなかった。


「もっと早く気づいていれば・・・」


 クルムはいつの間にか泣いていた。人間を救えなかった。もっと早く気づいていれば助ける事ができたのに。


「ん?」


 と、クルムは何かに気付いた。子供の泣き声が聞こえる。まさか、生きているんだろうか? クルムは彼らをどかし、下を見た。すると、子供が泣いている。子供は奇跡的に生きていた。


「まだ生きてる・・・」


 クルムは子供を抱きかかえた。まさか生きていたとは。子供はクルムに抱かれると泣き止んだ。母に抱かれていると思ったんだろうか?


 と、クルムは考えた。彼らは家族で登山に出かけたが、途中で遭難した。そこで自分たちが雪から子供を守る盾となって子供を守ろうとしたんだろう。だから、彼らは死んだものの、子どもは生きていたんだろう。


「我が子のために犠牲になったに違いない。両親のために育てなければ」


 クルムは決意した。両親の勇気をたたえ、この子を小学校になるまで育てよう。必ず1人前に育ててみせる。だから空から見守っていてくれ。


「そうだ、いつまでもこの子が見守れるように、この両親は星にしよう」


 クルムは目を閉じて、魔法を使った。すると、両親は光に包まれ、宙に浮いた。そして、2人は空の流れ星となった。そうすれば、いつでも子供の成長を見ていられるだろう。それに、子供が成長しても、空を見上げればそこに両親がいると思い、安心できるだろう。


 クルムは空を見上げた。今日も美しい星が輝いている。その中には、2人の星もある。その星は毎年この日になると見られる。そして人々をときめかす。




 ロッヒャーは空を見上げた。この流れ星の中に両親がいる。でも見つけられない。でもこの中に両親がいて、僕を見守っている。だから、くじけずに生きていこう。そう思うと、少し心が温かくなった。


「だから、この流星群は、お父さんとお母さんなんだよ」


 クルムも空を見上げた。両親の星はどこにあるんだろう。自分でも見つけられない。でも、この中に必ずある。そして、ロッヒャーを見守っている。


「そうなんだ。お父さん、お母さん、星になったんだ」


 ロッヒャーは寂しくなった。もう両親には会えない。どこかで生きていて、いつか迎えに来てくれると思っていたのに。今までいつか会えると思っていたのに。


「ああ。お前を守った勇気をたたえて、いつまでもロッヒャーを見守ってくれるようにしたんだ」

「そうなんだ」


 ロッヒャーは泣けてきた。もう両親に会えないからじゃない。命を犠牲にしてまでも自分を守ろうとしたからだ。星になって見守っている両親のためにも悔いのないように、しっかりと生きねば。


「だから、寂しい時には、夜空を見てごらん。お父さんとお母さんがそこにいるから」

「そうなんだ・・・」


 ロッヒャーは再び探した。でもやはり見つからない。それでもこの中に両親はいる。そして自分を見守っている。


「いつでもお父さんとお母さんが見守っているよ。だから、元気を出せよ」

「うん・・・」


 クルムはロッヒャーの肩をつかんだ。今日も星が見える。そして彼らを見守っている。そして両親が見守っている。


 雪が解けて春が来る頃、ロッヒャーは新しい生活を送る。この山ともしばらくお別れだ。いつも見守ってくれている両親のために、強くたくましく生きねば。

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