第10話「ニーナ、長い間世話になったな」

 翌日。

 再び冒険者ギルドを訪れた。

 また夜にモルガンが部屋を訪ねて来ないかドキドキしたが、そんな事は無かった。

 なので睡眠はバッチリだ。べ、別にガッカリなんてしてないぞ?


「アンリさん。この街を出ると言うのは本当ですか?」


 どうやら俺達が街を出る情報は既に職員に伝わっているようで、カウンターに行くとニーナが不安そうな声で聞いてきた。

 他の職員もチラチラと様子を窺っている。何年もここに居たのだから、名残惜しい気持ちはある。


「あぁ。とはいえすぐに出るつもりはない。こいつらには、まだまだ課題が残っているからな」


 今回の洞窟調査で、ベル達には慣れていない戦闘もさせないといけないと分かった。

 本来ならもう少ししてからと考えていたが、急いでやっておくべきだろうな。


 他の街に行けば、依頼の危険度が上がる。そしたら慣れされるなんてぬるい事を言ってられなくなる可能性がある。

 何かあってからでは遅いのだ。


 地域によっては平地の依頼が少なくなるだろうし、どんな状況下にも対応できるようになって貰わないといけない。


「だからニーナ。悪いが水辺周辺か洞窟の探索依頼があったら回して欲しい。何かないか?」


「それでしたら、先日のゴブリンの巣の討伐隊は如何でしょうか?」


「いや、それは遠慮させてもらおう」


 そこで不慣れを感じたから、まずは簡単な所を考えているわけだし。


「分かりました。他はそうですねぇ、その手の依頼はどれも不人気依頼なので、選り取り見取りですよ」


 嬉しそうにニーナが依頼書を並べるのを、苦笑して見ていた。

 どれどれ。不人気依頼というだけあって、内容は多種多様だ。


 どれも労力の割に報酬がショボイ。駆け出しがやりたがらないようなものばかりだな。

 これなら俺達に依頼を取られたとゴネる奴も居ないだろう。


「お、良い依頼あるな」


 ゴブリンの巣の駆除だが、今回のような大規模な物では無さそうだ。

 場所が歩いて1日以上かかる集落な上に報酬がショボイので放置されてるのだろう。


 もう一つはその近くの川で、ジャイアントウミヘビが住み着いたので討伐して欲しいという依頼だ。

 その川は、集落の生活水を賄っているため欠かせない場所のようだ。


 水中に居るジャイアントウミヘビは単体なら討伐ランクはDだが、あくまで水辺の戦闘に慣れている事が前提だ。

 毒もあるので、初級治療魔術アンチドートの使える回復術師(ヒーラー)が居ない場合は危険度が跳ね上がる。

 本来はこの地域に居ないはずなのだが、どこからか流れ着いてきたのだろう。


「またゴブリンの巣ですか」


 ベルがあからさまに嫌そうな顔を見せた。

 クーやモルガンも小難しい顔をしている。嫌なのだろう。

 俺も嫌だ。だが、もしもの事態の時にやってませんでしたでは通らない。


 そう、例えば俺達の中の誰かがゴブリンやオークに攫われて、巣に連れこまれたとしよう。

 奪還しに行ったが洞窟の戦闘に慣れていなくて、それで全滅しましたとか。最悪のシナリオだ。 


「今回のゴブリンの巣なら攻略に2時間もかからないはずだ。終わった後は水浴びと洗濯ついでに水辺の戦闘訓練でジャイアントウミヘビを討伐出来る」


「水浴びと洗濯ついで、ですか」


 モルガンが苦笑気味だが、実際それくらい楽な依頼だ。

 気を抜くつもりはないが、ベル達だけでも余裕でクリア出来るだろう。



 ★ ★ ★



 実際、とても楽だった。

 集落に到着し、翌朝に出かけ、昼には既に終わってしまった。


 まずは彼女達だけに戦わせて、危ないと感じたら手伝うつもりだったが、俺が出る幕がなかった。

 今はクーが四散させたジャイアントウミヘビの肉片を集めて、蒲焼きを作っている。


 多少臭みがあるものの、『調理』スキルでそれなりに食える味になっている。

 そこら辺の雑草を『鑑定』スキルで見て、スパイスに出来そうなものを採っておいて正解だったな。 


「アンちゃん。頼みがある」


「なんだ?」


 おかわりならまだ沢山あるが。


「クーと手合わせして欲しい」


「俺が?」


「うん。クーは近接スキルが無いからって、誰も相手してくれなかったから」


 なるほど。俺なら格闘系スキルもいくつかあるから、武闘家を目指すクーにとっては良い練習相手になるって事だな。

 確かにクーはスキルが無い割には良い動きをする。だがあくまでスキルが無い割にはだ。


 Eランク程度の武闘家なら、クーでも勝てるだろう。

 だがCランク辺りになれば、スキルの有無を覆すのは難しい。


「よし。良いだろう」


 だからこそ、どれだけ差があるか教えておく必要がある。

 

「先に言っておくが、クーのユニークスキルは禁止な」


「分かった」


 爆発させられたら、流石に死ぬからな。

 即死させられたら、モルガンの『完全回復フルヒール』も間に合わない。


「それとモルガン。本気でクーを殴るから『完全回復』の準備をしておいてくれ」


「分かりました」


「来い。クー!」


 俺は格闘系スキルの『見切り』武闘家スキルの『気功』剣士系スキルの『平衡感覚強化』を発動させた。

 補助(バフ)をかけるか悩んだが、流石にやりすぎな感じがあったのでやめておいた。


「たぁ!」


 クーのストレートが飛んできた。本当に魔導士ソーサラーかと思えるほどに、さえたパンチだ。

 それを避ける。反応が遅れたが『見切り』のおかげで紙一重で避けられた。


 避けつつもクーの腹部へカウンターを決め、仰け反るクーへ回し蹴り。

 ボールのようにポーンとクーが飛んでいった。勝負ありだな。


「クー。その程度で貴女は終わるの?」


「まだやる!」


「いや、今日はここまでだ!」


 いくら模擬戦とはいえ、小さな女の子を必要以上にボコボコに殴る趣味は俺にはない。たとえ相手が年上だとしてもだ。

 それに見ろ。ベルが俺と目が合っただけでビクついてるじゃねぇか。地味に凹む。


「クーはまだやれる!」


「ダメだ。いつでもやってやるから今日はここでおしまいだ。今回は何がダメだったか考えて次に生かせ」


「分かった!」


 こうして、洞窟や水辺の依頼を受けつつ、クーの戦闘訓練をしながら数日が過ぎた。

 なんだかんだ言いながらもいくつか依頼をこなしていく内に、彼女達も段々と慣れてきたようだ。

 

 クーは日に日に動きが鋭くなっていく。近接スキルは無いものの、普段から瀕死になるまで戦っていたからか、生死を分ける一瞬の読みあいにも怯まない勝負強さがある。

 クーがニーナに「アンちゃんはクーの事をいつも本気で殴ってくれるから好きだ!」と嬉しそうに話したせいで空気が凍ったりもしたが、それ以外は順調だ。


 モルガンとも、お互いにあの日の事を意識する事は無くなったし。



 ★ ★ ★



「アンリさん。気を付けてくださいね。もしもの時は、いつでも戻ってきて大丈夫ですから」


「あぁ。ニーナ、長い間世話になったな」


「これは私からの推薦状だ。よそ者は初めの内は信頼されない事があるから、これを見せてやってくれ」


 ギルドマスターから、一枚の封筒を受け取る。


「わざわざありがとうございます。それともう1つお願いがあるのですが宜しいでしょうか?」


「なんだい? 私に出来る事なら出来る限り協力をしよう」


 ギルドマスターの許可を貰い、手メガネで『鑑定』させてもらった。


「なるほど。私のパンツが見たかったのだね」


 ふざけた事を言っているが、流石ギルドマスターなだけはある。

 今ので近接スキルを10個取得出来た。その内4つがレアスキルだ。 

 レアスキルなんて、本来は1つ職を極めたら1つか2つ覚えれるくらいの物だというのに。


 こうして俺は、長年住み慣れた街をベル達と共に後にした。

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