第7話「改めてよろしくな」

 教官になり、7日が経った。


「おめでとうございます。3人はEランクに昇格になります」


 依頼を終えて戻ってきた俺達に、ニーナが報酬を渡しながらそう言った。

 ニーナの言葉に、3人はパッと笑顔になると、俺を見た。


「昇格おめでとう」


 ベル、モルガン、クーにそれぞれねぎらいの言葉をかける。

 ベルが10日、モルガンとクーは7日でEランクに昇格か。これはかなり早い方だ。


 普通は駆け出しで少なくとも3ヶ月。長ければ1年くらいはFランクでいる事が多い。

 俺もドーガ達と組んだ時はEランクになるまで2ヶ月近くはかかった。それでも期待の新人ルーキーだなんて持てはやされたくらいだ。 


 それがたったの7日だ。

 周りの冒険者も眉をひそめている。面白くないと言った様子だ。

 とはいえ、初日にいきなりタイガーベアなんて狩ってしまうくらいだ。

 喧嘩をして敵う相手でもない事位は理解できているだろう。だから舌打ちをして陰口を言うのが関の山と言った所か。


 相手をしても良い事は無いし、無視を決め込む。

 言われてる当の本人たちは、喜びのあまり他の冒険者の様子には全く気付いて居ないようだし。水を差す必要はない。

 それに、その様子が余計に他の冒険者達をイライラさせているようで、見ていて実に気分が良い。ざまぁ。


「しかし、随分と早い昇格なんだな」


「すみません。ギルド内で何度か話し合いをした結果、実力があるのにFランクのままで居させるのはどうかと議題に上がりまして」


「いや、怒っているわけじゃないんだ。俺としては教官として鼻が高いくらいだ」


「そうでしたか、これは失礼しました」


 そう言って、また頭を下げられた。

 そんな風にペコペコ頭を下げられては、申し訳なさが出るからやめて欲しい所だが。

 苦笑いを浮かべ頬をポリポリとかいていると、不意に頭をはたかれた。


「アンちゃん。職員さんをイジメちゃダメだよ!」


「いや、別にイジメているわけじゃないんだ」


 はたかれた頭をさすりながら、ふと疑問が。

 こいつの身長で俺の頭をはたいた?

 目の前でプンスカしているクーの身長は、俺の胸元までしかない。

 俺の頭をはたくにはジャンプするしかないが、着地の音はしなかったしな。


 ベルに目を向けると、ブンブンと首を横に振り、それに合わせておさげが揺れる。

 必死に首を振りながら、モルガンを指さしている。 


「どうかしました?」


 モルガンは頬に手をやり、ニッコリと俺に微笑んだ。

 ……良い性格をしているようで。 


「……まぁいい」


 ニーナに助け舟を出そうとした。それ自体は悪い事をしたとは思わない。

 実際、今のは俺の言い方が悪かったのだから仕方がない。


「実は、こいつらが昇格したら言おうと思っていたことがあったんだ」


 ニーナに向き直り、話しかける。


「なんでしょうか?」


「実は、教官を辞めようかと思っているんだ」


「教官を辞めたい……ですか?」


「あぁ。とはいえ辞める事になるかまだ分からないが」


 今度はベル達に向き直る。 


「あの……」


「どうした?」


「もしかして、私が今はたいたからでしょうか? それでしたら謝ります。ごめんなさい」


「いやいや、違うから」


 頭を下げるモルガン。

 今日はなんだか勘違いされて謝られてばかりだな。


「実は、お前達と正式にパーティを申し込みたいと思ってな」


「ん? アンちゃんは一緒のパーティでしょ?」


「そうじゃなくて。教官としてでなく、同じ冒険者としてだ」


「???」


 こいつ、もしかして俺が教官だった事を忘れてやがるな?

 クーは俺を対等なパーティメンバーと見てくれていたと思えば、それはそれで悪い気はしないか。


「お前らはどうだ?」


「ボク、アンリさんとは正式なパーティと思ってた」


 ベルとクーは元々俺をパーティメンバーと見てくれていたようだ。


「モルガン、お前はどう思う?」


「私はむしろ歓迎ですが。アンリはランク差は気にならないのですか?」


 俺はBランクで、コイツらはEランク。

 3つもランクが違うから、依頼はそっちに合わせる形になるなる。

 Bランクの依頼と比べれば報酬は減るし、昇格する事が出来ない。それでも良いのかとモルガンは言っているのだろう。


「そんなものは地道に上げていけば、その内追いつくから良いさ」


「でしたら、是非よろしくお願いします」


「あぁ。よろしく」


 俺は手を差し出した。

 しかしその手が握られる事は無かった。モルガンは綺麗に腰を曲げ、頭を下げていたからだ。


「ふむ」


 差し出した手で、モルガンの頭を撫でる。 


「もし俺がまた何かやらかしたと思ったら、気にせず頭をはたいてくれ」


「はい。分かりました」


 頭を上げたモルガンが、返事と共に俺の頭をはたいた。なんでだよ。

 問い詰めようとしたが、顔を背けられた。

 仕方がない。こっちは後回しにするか。

 俺はニーナの方に向き直る


「というわけで、パーティが決まったから、今後教官はやれないと思う」


「そうですか。分かりました。ごちそうさまです」


 今ごちそうさまって聞こえたけど、多分お疲れ様の聞き間違いだな。


「辞めると言っておいてなんだが、俺が辞めて大丈夫か?」


 自分で言っておいて苦笑する。

 なんだか「俺が教官を辞めても良いのか?」みたいなチラチラした言い方だな。

 これじゃあ「引き留めてくれ」って言ってるようなものだ。


「はい。アンリさんのおかげで、教官志望者が増えましたので」


「そうか」


 問題がないならそれで良い。 

 誰も組んでくれないから依頼が受けれない俺に、教官をさせてもらった。

 なのに、パーティが決まったから教官を辞めるというのはあまりに不義理と感じていたが、これで気に病む必要は無くなった。


「それじゃあ。改めてよろしくな」

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