第2話「新人の教育係なんていかがでしょうか?」
「……ッ!」
どうやら気を失っていたようだ。体中の痛みで目が覚めた。
薄らと明かりが見えるが、辺りはまだ暗い。早朝より少し早い時間だろう。
「いってぇ」
クソッ、あいつら容赦なく人の事をボコりやがって。
わざわざここまでする必要があったか? それに。
「……ははっ、何がそれにだよ」
”それに仲間だったのに”
あえて口に出して、苦笑した。
「あっ……」
気づくと、涙が溢れていた。
俺は殴られる瞬間まで仲間だと信じていたのに、あいつらはとっくに俺の事を仲間なんて思っていなかったんだ。そう思うと悲しくなってきた。
……俺は少し泣いた。
★ ★ ★
「さてと、凹んでいても仕方ないな」
自分に
体を軽く動かしてみる。まだ痛むが、幸い骨が折れたりはしていないようだ。
一応念のため、見える範囲でケガがないか確認をしてみる。
ケガはなかった。ついでに装備もなかった。さらに財布の中の金もなかった。
着ている服と道具袋以外は、全て持っていかれたようだ。無一文のすっかんぴんだ。
装備と有り金を全部よこせと言っていたのだから、まぁ予想はしていた。とはいえ、やはり辛い。
でかいため息が出た。
仕方がない。このままでは宿どころか今日の飯すらままならない。
冒険者ギルドに行って、依頼と新しいパーティを探すか。
俺はとぼとぼと、冒険者ギルドへ向かって歩き出した。
★ ★ ★
冒険者ギルドに入ると、外まで聞こえるくらい賑やかだった話し声がピタリとやんだ。周りの冒険者たちが、馬鹿にするようにニヤニヤと俺を見てくる。
気にはなるが、今はメシのタネの方が優先だ。無視を決め込む。
カウンターにまっすぐ向かう俺の後ろから、声が聞こえた。
「おい、聞いたぜ? パーティの資金を盗んだのがバレて、パーティから追い出されたんだろ?」
「はぁ?」
俺が振り返ると同時に、爆笑が起こった。
パーティの資金を盗んだ? 俺が?
「とぼけたって無駄だぜ、勇者様」
皮鎧を着たデブがそう言うと、さらに爆笑が起きた。
このやり取りだけで、大体の事は想像がついた。
パーティ内の不和について、冒険者ギルドは基本干渉してこない。
だからと言って、追いはぎ同様の事をしたのであれば、ギルドからも冒険者からも信用を
なのでドーガは俺が来るよりも先にギルドに来て、俺を悪人に仕立て上げるために、ある事ない事吹き込んでいったのだろうな。
とはいえ、そんな事を急に言われて、ホイホイ信じる連中なんてごく一部。ここに居る冒険者にとって真偽はどうでも良いのだろう。
目的は、俺を馬鹿にして笑いものにする事なのだから。
「チッ」
分かり切った濡れ衣とはいえ、ここで熱くなり冒険者と揉め事を起こせば、余計に俺の立場が悪くなるだけだ。
今度こそ無視を決め込んだ。
カウンターの横にある掲示板に張り出された依頼を見てみるが、素材収集系か人探しやペット探しといったものばかり。
どれも今日一日で終わらせるには、難しそうな依頼ばかりだな。
仕方なくカウンターまで行き、見慣れた顔の受付嬢ニーナに仕事の斡旋を頼む。
「ニーナ。悪いが仕事を回して欲しい。何か無いか? 出来れば即金になる仕事が良い」
「お仕事ですか。あるにはあるのですが、その……」
何とも歯切れの悪い返事だ。
「討伐系の依頼で、まだ貼り出されていないものがいくつがあるのですが、どれもパーティ依頼なので……」
討伐系の依頼なら、モンスターを倒して討伐証明部位を持ち帰れば良いだけだから、種類によっては簡単に終わらせることが出来る。
しかし、パーティ依頼か。パーティ依頼は2人以上のパーティじゃないと受けられないんだよな。
「どうにか俺だけで受けさせてもらえないか?」
「すみません。規則なので……」
ニーナが申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
「やめてくれ。無理を言っているのは俺の方なんだから」
それなのに頭を下げられるのは申し訳なくなる。
パーティか……パーティねぇ……。
後ろを振り返る。冒険者たちは俺の事をニヤニヤと笑って見ている。
あいつらを誘った所で、馬鹿にされて結局組んでもらえないか、ふっかけられるのが目に見えている。
仕方がない。今日は帰るか。
飯はそうだな、モンスターを狩って食うか。最悪そこら辺の雑草だって食ってやるさ。
「あっ、あの」
「どうした?」
「それでしたら、新人の教育係なんていかがでしょうか?」
「教育係?」
「はい。ベテラン冒険者の教官が足りないので、新人にまともな教育も出来なくて困っていた所なんです。もしアンリさんさえ良ければ、新人冒険者の教官としてパーティを組んでもらい、依頼を受けてもらうことも出来ますが」
新人の教育ねぇ。
まともに教育を受けてない冒険者は、平気でチンピラまがいの事をしたり、実力を考えずに依頼を受けて死ぬ奴が多い。
しかし、ベテラン冒険者はわざわざ自分の時間を割いて教育はしたがらない。単純に金にならないからだ。
なので、どこのギルドも教官をやってくれるベテラン冒険者は、万年不足している。
「誰も組んでくれないなら、新人を育て上げてパーティを組んだ方が良いかもな」
そもそも、選択肢もないわけだし。
「本当ですか! それでは早速なのですが、今日入った新人さんが居るのでお願いしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、頼む」
「ありがとうございます! それでは呼んできますので」
ニーナは小走りで奥へ行くと、すぐに戻ってきた。
「お待たせしました」
ニコニコと笑顔のニーナに対し、俺はかぶりを振った。
「おい、新人ってまさか」
「はい。この子です」
ニーナの後ろに隠れるように、少女が立っていた。
自己紹介を促され、おどおどした様子で俺の前に立つ。
「え、えっと、初めまして。ボクの名前はベルです。その、よろしくお願いします」
ベルと名乗った犬耳を生やした茶髪の獣人少女。チラチラと俺の事を上目遣いで見ては目をそらしてと、せわしない。
少女が反応に困るくらい、今の俺の顔はこわばっているのだろう。
別に茶髪も獣人もこの国では珍しくはない。なので、俺の顔がこわばった理由はそこじゃない。
その少女は”どこにでもいる、普通の村娘”そのものだったからだ。
装備らしい装備は、カイトシールドと、服の上に年季の入った(というかボロい)レザーアーマーを申し訳程度に着ているくらいだ。
どちらも冒険者が使わなくなった装備をギルドが買い取って、装備がない新人に貸し出すためのレンタル装備だ。
まともに装備も無い。そんな少女が冒険者になるのは、決まってロクでもない理由ばかりだ。
大方、食い扶持を減らすために、家族から娼婦になるか冒険者になるかを迫られたのだろう。
「どうしました? もしかして、アンリさんのお気に召しませんでしたか?」
「いや、そんな事は無い。ベルと言ったか、俺の名はアンリだ。よろしく」
「よ、よろしくおねがいします」
ベルがペコっと頭を下げると、それに合わせておさげが揺れる。
「それじゃあ早速、実力を見るついでに依頼を受けようか」
適当に何個か討伐系のパーティ依頼を受注する。
どれも今の俺からしたら雑魚ばかりだし、どれが良いかわざわざ選ぶ必要はない。なので本当に適当だ。
「それでは、お気をつけて」
俺とベルが冒険者ギルドを出ると、舌打ちが聞こえてきた。
ロクでもない理由で冒険者になったであろう少女をあんなところに置いていけば、ロクでもない連中がロクでもない事をしようとするのは目に見えている。
かつて理不尽な理由で孤児になった俺は、そんな少女を見捨てるような真似は出来ない。
ニーナはそれを見越して、俺に教官役を提案したのだろうな。
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