第2話
「私が殺しました。3歳になる娘の寿命があと数年しかないと知り……主人と主人の母に寿命を分けてほしいと頼んだんです。主人は寿命を分けてもどうせ早死にするんだ。だったら、あきらめてもう一人子供を作ればいいじゃないかと言いました。主人の母もそれに同意しました。それから……、早死にするような子供しか産めない私と別れて別の人と再婚したほうがいいんじゃないかとも……。それまで孫をかわいがってくれていたのに、手のひらを返したように顔も見に来ないようになり……。今まで娘のために使ったお金を返せと言われ殺意がわきました」
裁判員と裁判官が集まり評議が始った。
「死刑が妥当だろう」
裁判員の一人、中年の男が口を開いた。
「そうねぇ、私も死刑にするべきだと思います」
上品でおっとりとしたしゃべり方とは不釣り合いな言葉が、老婆から飛び出す。
それを聞いた、頭の硬そうな元大手企業で部長を務めた初老の男が反対意見を述べた。
「これだから、物事を知らない人間は。殺されたのは姑一人だろう。一人殺しただけで死刑判決などありえない」
初老の男の意見に若い娘が首を傾げる。
「でも、旦那も殺そうとしたんだよね?死んだのは一人だけど、殺そうとしたのは二人でしょ?」
「そうですよっ!計画的であり残忍な殺し方をしたし、反省の色も見えない。だから、死刑でいいんですわ」
老婆は優しそうな顔をしているのに、口から出る言葉は辛辣だ。
若い娘が口を開く。
「だよねー。人数で量刑が決まるならさぁ、私ら集まって話し合う必要なんてないじゃん。それこそPCに情報打ち込むだけで終わりじゃん」
その言葉に、今まで黙っていた30代の主婦が口を開いた。
「私は……死刑は重すぎると思います。私にも、被疑者と同じくらいの子供がいます。もし、子供が同じようにあと数年で死ぬと言われたら……」
ぎゅっとハンカチを握りしめて小さな声での主張。
「だからって、誰かの命をくれと、当たり前のように寿命をもらえると思うのはおかしいだろう?」
中年の男が主張する。
「でも、父親なんですよ?祖母なんですよ?少しでも子供が長生きできるならば、自分の命に代えてもって……」
主婦の主張に、パーカーのフードを目元まで下ろしている男が口を開く。
「ははは。俺の親は俺に早く死んでくれっていうけどね」
男がニートであることは、顔を合わせる間で皆知っていた。
そのため、一同この言葉には何も返さない。
「私、被疑者が姑と旦那を憎む気持ちわかります……。寿命をくれないだけじゃなく、離婚すればいい、もういらない、どうせ早く死ぬとか……ひどすぎます」
主婦が感極まって涙を浮かべる。
上品な老婆が小さくため息を吐いた。
「あなたは、分からないのね……」
残念そうに首を横に振った。
「分からないって、姑の気持ちをですか?そんなの分かるわけないですっ!」
初老の男が手を顎に当てて考えるそぶりを見せる。
「確かに分からない点はあるな。姑は、孫娘の寿命が短いと聞いてとても悲しんでいたらしい。泣きはらした目で孫のためのおもちゃを買う姿も目撃されていたそうだし。とても、被疑者が言うような言葉を発していたとは思えないんだ。被疑者の嘘なんじゃないのか?」
初老の男が自分の意見に満足したように目を軽く閉じてから、皆の顔を見渡す。
「そうだ。嘘をついているんだ。さっき君は言っただろう?姑にそんなことを言われれば殺したくなる気持ちも分かると。そうして同情を誘って、刑を軽くしてもらうためについた嘘だ」
ニートの男が口を開く。
「嘘をついて刑を軽くしてもらおうっていうことは、反省の色なし。じゃ、死刑でいいじゃん?話し合い、これで終わりでいい?」
「待ってください」
主婦が口を開く。
「姑が周囲に嘘をついて、被疑者には辛く当たっていたという可能性だってありませんか?実際、孫娘の寿命が分かっても、孫娘に寿命を殺されるまでの半年間で譲渡はしてないんですよ?本当に孫娘のことを思っていたなら、すぐにでも寿命を渡したんじゃないんですか?」
若い娘が不愉快極まりないという表情を浮かべる。
「あー、いるいる。人に同情してもらいたくて不幸自慢する子。うざいんだよねぇ。私かわいそうでしょう?って毎日のようにSNSに書いてたりさぁ。で、そういう子に限って、結構図太い神経してたりするんだよね。平気でほかの子傷つけたりさぁ」
老婆が口を開いた。
「どちらも本心だったのかもしれませんよ……。かわいがっていた孫娘が死んでしまうというショック。あまりに大きなショックで、自分を慰めるためにほかに子供を作ればいいと口にし、自分に暗示をかけていったのかも」
老婆が眼鏡をはずし、こめかみを抑えた。
「人はね……あまりにも辛い出来事に遭遇すると、心を守ろうととんでもないことをしてしまうこともあるのよ……」
ニートがニタニタと笑う。
「とんでもないことって、殺人とか。被疑者みたいに?」
ダンっと、中年の男が机を叩いた。
「何がおかしい!」
しんと一瞬静まるも、裁判官が二人の行動をたしなめる。
話し合いを再開して主婦が中年の男と初老の男に尋ねた。
「あの……お子さんいらっしゃるんですよね?父親の立場としてはどうなんですか?被害者の言葉をどう思いますか?」
初老の男が先に答えた。
「何もおかしなことは言っていないだろう。まだ若いんだ。次の子供を産めばいい。寿命を分けても成人まで生きられない子供のことはあきらめるしかないだろう?そもそも、昔は寿命を分けるということなんてできなかったんだから。分けないからって責めるほうが間違ってる」
初老の男に、中年の男が首を横に振った。
老婆が笑う。
「きっと、あなたも私の主人と同じでしたのね。外で働いて稼ぐのが男の仕事。仕事一筋の大黒柱……」
その言葉には、家庭を顧みないという皮肉が込められていたのだが、初老の男は気が付きもしない。
「ああ、そうだ。稼ぎのない男などゴミくずのようなものだからな。家族のために毎日遅くまで働いたもんだ。今の若者は、残業すればブラックだブラックだと……」
話が若者への愚痴に意向仕掛けたところで、中年の男が話を戻す。
「僕は、子供のためなら自分の命を削っても構わない」
男の言葉に、主婦が頷き、若い娘が下唇を突き出すように口を開く。
「うん、まぁ、そうだよねぇ。そういう旦那が理想だよね。でも被疑者の旦那はそうじゃなかったってことだよね。うーん、だからって、殺そうとまでするかなぁ?さっさとたんまり慰謝料もらって別れて、寿命バンクに登録でもすればいいのに」
老婆が笑う。
「寿命バンクって、自殺した人や殺された人の寿命が貯められて、長く生きられない子供たちに分け与える組織でしょう?順番待ちがすごいと聞いたことがあるわ」
若い娘があーと、頭を書く。
「そうなんだ。順番待ちとかあるんだ。んー、あと寿命をもらう方法って」
そこで、主婦が突然立ち上がった。
「あ」
老婆と中年の男が主婦の顔を見て目を細める。
「どうしましたか?」
裁判官の言葉に、主婦が落ち着かない様子で小さく首を振った。
「ト、トイレに……行きたくなって」
「では、少し休憩を入れましょう。15分後に再開します」
裁判員の言葉でにほっと息を吐いて主婦が椅子に座った。
「トイレでしょう?」
老婆の言葉に、主婦がのろのろと立ち上がる。
「あの……分かっていませんでした。そうだったんですね……」
主婦の抽象的ないいように、老婆が頷く。その後ろで中年男性も頷いた。
「ところで、君、いい若い者が、仕事もせず親に養ってもらってるんだろう?」
初老の男がパーカーのニートの男に話かけるが、ニートの男は返事も返さない。
「私が君の親なら、一に二もなく家を追い出すけれどね。こんな愚図が自分の子だなんて恥以外の何物でもない」
初老の男に老婆がはなしかけた。
「そして、奥様にお前の育て方が悪かったんだというのでしょうね?」
初老の男が怒りのこもった目で老婆を睨みつける。
「言って何が悪い?俺が育てたわけじゃないんだ。育てたのは母親だろう?だったら、育て方悪かったのは母親のせいじゃないか」
「あー、やだやだ。こういうおやじがいたら、そりゃ子供もゆがむわ」
若い娘の嘆きが中年男性の耳に届く。
「もしかして、被告人の旦那とかもこのタイプだったのかなぁ……だったら、ちょっと被告人に同情しちゃうな……」
「死刑が妥当でしょう」
中年男性の言葉に、老婆と主婦が賛成する。
「あれ?殺したくなる気持ちも分かる、死刑は重すぎるって言っていたよね?」
若い娘の言葉に主婦が慌てて返事を返す。
「殺したいと思うことと、実際に殺すことじゃ、全然違うと思い直して……やっぱり、その、ひどい行為だと……」
主婦が慌てたように言葉を重ねる。視線は定まらず落ち着かない。
「そ、それに、刺された箇所も1か所ではない。衝動的ではなく、計画的に犯行に及んでいるし、それに……えっと……何か所もめった刺しにしてる」
同じ内容を繰り返していることに主婦は気が付かない。まだ、何か死刑の理由を言おうとしているところで、中年の男が口を開いた。
「そうですね。それに、強盗殺人ではありませんが……これは明らかに寿命を狙っていると思われますし。寿命狙いの殺人は罪が重かったはずです」
初老の男がふむと頷く。
「そういわれればそうだな。憎くて殺したというところに注目しすぎていた。殺された場合は家族や寿命バンクに寿命が渡されるんだった。この事件、殺された被害者の寿命は……」
初老の男が書類に目を向ける。
「孫娘に5年わたっています。残りは寿命バンクに」
裁判官の説明にニートが笑う。
「憎かった憎かったってのを強調するのはさ、寿命奪うためってのから目を反らすためかー。なんか推理小説みたいじゃん。だけど、すぐばれるようなやり方へたくそだねー」
「そっか。寿命目的の殺人ってなると罪が重くなるんだよね。学校で習ったわ。じゃ、もう死刑じゃん?私も死刑でいいと思う」
若い娘の言葉に、老婆が胸をなでおろす。
中年の男もほっと息を吐きだした。
主婦はまた両手をぎゅっと握り締めている。
「だっけどバカだよなぁ。子供のために人殺しまでして、その挙句、子供と会えなくなって死刑なんて。本末転倒っての?」
「考えなしで、感情のままに動くバカな女だったってことだ」
初老の男とニートが馬鹿にしたような顔をした。
数日後下された判決は死刑。
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