第20話

 ショウマが教えてくれたバレンタインのエピソード。

 学年一の美少女にチョコをお願いしたというやつ。


『そうしたら本当にくれた』

『みんなには内緒といって』


 昨夜の話が真実なら、この上ない美談だと、ユウトはお弁当を食べながら思った。


 ここは映研の部室である。

 いつものようにリンネと卓を囲み、彼女の作ってくれたお弁当に舌鼓したつづみを打っていた。


 1段目にカレーピラフ。

 2段目にボイルした野菜や、白身魚のポワレが入っている、おしゃれすぎる昼食だ。

 これをリンネが早起きして用意したというから脱帽である。


「休日は遊べなくてごめんね。お弁当はその埋め合わせということで」

「随分と気合いの入った埋め合わせだね。力作すぎて食べるのが勿体もったいないくらい」


 見かけによらず家庭的かもしれない。

 そのことをユウトが指摘すると、リンネは吹き出すように笑った。


「私も女の子の端くれなんだから。このくらいの料理はできる」

「いつもの舞原さんのお弁当、冷凍食品が中心だったから」

「あれは母がものぐさな性格なの」


 舞原家では母よりも父の方が料理が得意らしい。

 包丁、フライパン、圧力鍋といった器具はすべて父が吟味ぎんみしたものだと、誇らしそうに教えてくれた。


「その代わりお母さんの方が仕事は忙しいけどね」

「なるほど。今どきの家庭って感じだね」

「なにそれ」


 お茶を一口飲んだユウトは、天気の話でもするようにボソっと切り出した。


「舞原さんってさ、バレンタインにチョコをあげる派? それとも、イベントはあえて避けちゃう派?」

「どうしたの、急に? まだ2月まで間があるでしょう」

「ちょっとした心理テスト」

「むむむ……」


 リンネがジトっとした目つきになったので、ユウトは内心ヒヤヒヤした。


「それって相手がエッチかどうか調べるやつ? 性欲の強さを測るみたいな?」

「俺がそんな下ネタでふざけるような人間に見える?」

「いいや、見えない。全然見えない」


 リンネは頬杖ほおづえをついたポーズでしばらく考え込んだ。


「分かっていると思うけれども、イベントはそんなに好きじゃないかも。画一的に行動するのが好きじゃない、といった方が正確かしら。私個人の問題だから、バレンタインにこだわる男女をバカにするわけじゃないけれども」

「なるほど、なるほど」


 あれ? 思い過ごしかな?

 ショウマがバレンタインのチョコをお願いした相手って……。


「もし俺がバレンタインのチョコをちょうだい、とお願いしたらくれる?」

「まあ……早瀬くんが欲しいなら……手づくりするけれども」

「もし、相手がクラスの男子だったら」

「えぇ……」


 リンネは露骨に嫌そうな顔をしてから首を振った。


「あげない。だって、好きじゃない相手だもの」

「だよね……」


 望んでいた答えを聞き出せて、ユウトはほっと胸をなで下ろす。


「質問ついでに1個お願いがあるのだけれども」

「まさか⁉︎ もうチョコが食べたいとかいうつもり⁉︎」

「そうじゃなくて……」

「な〜んだ」


 リンネは肩透かしを食らったようにツーンと唇を尖らせる。


 それもユウトの頼み事を聞くなり神妙な面持ちに変わった。


「学園祭用のショートフィルムが観たいの? 私が出演したやつ?」

「そうそう。舞原さんが主演をやったやつ。俺はまだ観てないからさ。ぜひ1回観ておきたくて」

「ちょっと待ってね」


 リンネは棚に突っ込んであるダンボール箱を持ってくると、その中から白いDVDケースを取り出した。

 

「じゃ〜ん! 主演、舞原リンネの作品です! レビュアー満足度は5点満点中、驚異の4.8点!」


 さっそくDVDプレイヤーに電源を投入して、ユウトのために臨時の上映会を開いてくれた。

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