第7話

 学校の緑化計画がスタートしたのはいつからだろう。

 ユウトが入学した時はなかった観葉植物が、廊下の目立たないところにポツポツと配置されている。


 意識しないと気づかない。

 まるで空気のような存在。


 害がない植物にシンパシーを感じてしまうのは、先日までのユウトと似ているからだろう。


 日中、色々と考えた。

 女子たちはキャーキャー騒いでいたが、やっぱりユウトとショウマは別物だと思う。

 なんというか、ショウマの方が何倍も格好いい。


 髪型とか、メイクとか、服装とか、声とか。

 ダンスのレッスンも向こうはたくさん積んでいるだろうし、俗にいう細マッチョというやつだ。


 一方のユウトはどうだ。

 最後に体脂肪率を測ったとき、18%だった気がする。

 美男子アイドルなら失格の数値だろう。


 遺伝子で決まるのは人生の50%というではないか。

 残りの半分が、ユウトとショウマでは、天地ほどひらいている。


「考えすぎて疲れた〜」


 頭をポリポリする。

 今は放課後だから、長いシルエットが廊下に落ちている。


 夕日の眩しさに目を細めたユウトは、周囲をキョロキョロしてから、さっと観葉植物の陰に身をひそめた。

 聞き間違いじゃなければ、マミの声がしたからだ。


「あなたと早瀬くん、とても親しい仲だそうじゃない」


 会話の内容はハッキリと聞こえる。

 緊張のあまり、ごくり、とつばを飲んだ。


「その言い方は語弊ごへいがあるというか、含みがあるような……」

「小学校からの知り合いでしょう。それに日本文化部だっけ? 部活動も同じだし。早瀬くんについて一番詳しい女子はあなたでしょう、朝比奈マミさん」


 マミと話している相手は誰だろう。

 葉っぱと葉っぱの隙間からは、女子の背中しか見えず、マミほどじゃないが長い髪の持ち主だということは分かる。


 たぶん、対等に話している。

 つまり、同じ2年生か。


「単刀直入に訊くけれども……」


 マミがだんまりを決め込んだので、相手は若干イラついたらしい。


「あなたと早瀬くん、付き合っているの?」

「心外ね」


 マミは形のいい胸の下で腕組みした。


「ユウトとは、そんな関係じゃない」

「ほら、その呼び方よ。ユウト、マミ、呼び捨てじゃない。単なる知り合いなら、そんな馴れ馴れしい真似はしない」

「これは通っていた小学校がそういう方針だったから……むしろ、私たちにとっては自然な呼び方であって……」


 そういうマミの言葉尻が弱くなる。

 でも、苗字ではなく下の名前で呼びましょう、という謎ルールが小学校に存在していたのは確かだ。


「ふ〜ん」

「信じられないなら、他の人にも訊きなさいよ」

「そういうわけじゃないけれども……」


 マミが喧嘩腰で話している場面、久しぶりに見たような気がするが、この刺々しさは小学校から変わらない。


 どういうわけか、プライベートを詮索せんさくされるのが嫌いなのだ。

『好きな人っている?』みたいな会話は女同士でもNGだったりする。


「今でもユウトと呼んでいるのは、弟みたいな存在だから。これなら満足?」


 もう1人の女子生徒は、指先で髪の毛をクルクルしている。


「じゃあ、私と早瀬くんが付き合っても異存はない?」

「あるわけない。ユウトは私の恋人じゃないから」

「ありがとう。余計な時間を取らせたわね」


 ユウトはその場にナヨナヨと座り込んだ。


 女の子って怖い!

 暴言が飛び出すかと、内心ヒヤヒヤした!


 というか、誰だよ。

 委員長タイプのマミを挑発するなんて。

 聞き覚えがあるような、ないような、そんな声の持ち主だった。


「……」


 1人きりになったマミは、ユウトが隠れている観葉植物を一度だけ気にしてから、明後日の方向へ歩いていく。


 心なしか鋭い目つきをしていたのは、単なる思い過ごしだろうか。

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