第2話

 そして面会の当日。

 ユウトが料亭に着くのを見計らったかのようなタイミングでスマホが揺れた。


『生き別れた弟くん(?)とこれから会うんだっけ? 緊張しすぎて暴走しないようにね』


 メッセージの送り主は同級生の朝比奈あさひなマミだ。

 小学校、中学校、高校が同じという、数少ない同窓メンバーであり、ユウトの連絡先を知っているほぼ唯一の女子である。


『分かっているよ』


『いよいよ兄貴デビューね』


『他人事だからってからかうなよ』


『心外ね。こっちは真面目に心配しているのに』


『そりゃ、ど〜も』


 ユウトは、はぁ、とため息をついてからスマホを制服のポケットに戻した。


 どうしてマミに相談したのか。

 いや、学校からの帰り道、たまたまマミと2人きりになって、話題に事欠いてしまったから、『実は俺って、双子の弟がいるらしくて……』と口を滑らせてしまった。


 純粋にマミの気を引きたかった。

 沈黙が気まずいと思うくらいには彼女のことが好きらしい。


 マミはマミで何回も学級委員に選ばれるくらいには面倒見がいいから、


『発言を求められた時だけユウトが話せばいいのでは? 主役はあくまで弟くんの方でしょう。ユウトは聞き上手だから、向こうのペースに合わせればいいのよ』


 と的を射たアドバイスをくれた。


 主役は向こう、か。

 ネクタイの位置を直してから料亭の暖簾のれんをくぐる。

 高そうな壺とか、きれいな生け花が置かれた廊下を抜けた先に、予約の部屋はあった。


「俺が開けてもいいかな?」


 ユウトが問うと、父は黙って頷いた。


 この中に弟がいる。

 同じ日に生まれた片割れが。


 女子と話すことを苦手にしているユウトは、相手が妹じゃないだけマシか、と自分を鼓舞こぶしてから取っ手に指をかけ、運命のドアをスライドさせる。


「失礼します」


 顔を上げて、ハッと息をのむ。

 驚いたのは、料理が豪華だからでも、内装が眩しかったからでもない。

 むろん、無人だったわけでも。


 誰もが知っている日本人。

 連日メディアをにぎわせるスーパーアイドル。

 イケメンの極み、あの水谷ショウマが椅子に腰かけていたからである。


 これは夢か。

 ユウトは目をパチパチさせた。

 

 シャープな顔のラインも、男らしからぬ色気をたたえた目尻も、テレビや雑誌で知っている水谷ショウマそのものだ。

 くせっ毛のない髪は茶色で、毛先だけを赤く染めており、これは出演中のドラマ『青春ティアドロップ』の撮影のためだろう。

 顔だけのアイドルと違って、ショウマは演技力にも定評があり、主役として引っ張りだこというのがファンの声だ。


 あの水谷ショウマがなんで⁉︎

 もしかして入る部屋を間違えた⁉︎

 いや、水谷ショウマって本名なのか⁉︎


 ありえない。

 はずなのに……。

 ユウトの迷いを嘲笑あざわらうかのように、母は背中を押してきて、肝心のショウマも、


「初めまして、お兄ちゃん」


 と数多あまたの女性ファンの心をわしづかみにしてきたスマイルを投げてくる。


 この声、本物だ。

 しかもユウトのことをお兄ちゃんと呼んだ。


 衝撃のあまり頭が真っ白になったユウトは、キョドってしまい、


「初めまして、マイ・ブラザー」


 と変なあいさつを返してしまう。

 それを耳にした父、母、ショウマが同時に吹き出したのはいうまでもない。

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