お嬢と呼ばれなくなった日
@itismygo
第1話
「そう、別れたのね。」
「はい、別れました。」
流れるヘルシンキのBGMが空気の読めない悪友を思い出して煩わしくなり、そっとパソコンに手を伸ばす。
しんと静まり返った時に聞こえてくるのは目の前で満更でもなさそうに弄ばれる氷の音だけ。
「今度のは何がだめだったの。」
「うーん、なんでしょう。頑張ることが大好きなんです。」
まるで嫌いな食べ物の理由を述べているかのような、喉に突っかかることなくすらすらと出てくる言葉にはどうにも違和感を覚える。
別れたのはつい一昨日のことではないのか、なのにそこには乗るべき感情が全く乗っていない。
しかし今回ばかりはお嬢が言わんとすることが何となく分かる気がした。
お嬢のため、と言ってあれこれ頑張っているけれども結局は頑張っている自分が好きなのだ。
これは勘違いをしている男に多い傾向にあるのだが。
頭の悪い女にちやほやされて自分があたかもそれなりの男のように思ってしまうのは良くない、いやいや良くない。
結局そういう男はそういう女としか釣り合えないのだから。
教養のある女性はそれをいとも容易く見抜いてしまう。
それに何よりこっち側の人間は頑張ることが大好きな人間が嫌いだ。
いや、嫌いと表現してしまうのはチープだ。
非効率にエネルギーを消耗している人間が滑稽に見える、と言うと少しは親切になっただろうか。
きっとお嬢も限りなく同じ感情を抱いたのではなかろうか。
赤いストローを細い指で遊ばせるお嬢がそれ以上口を開くことはなく、それはこの話がもう打ち切りであることを示している。
「ふふ、思い出しちゃった。そう言えば昨日ね、」
ピピーッピピーッとトラックの音がやけに大きく聞こえた。
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