第20話 7☆
その夜の行為は、いつもより激しくて濃厚だった。
1週間くらい留守にするからかな? いや、1週間とは決まってないけど、合宿っていうとそれくらいだろう。
集団生活だと禁欲になっちゃうし、行く前に発散しようって意味もあるのかも?
オレがキスマークに困ったように、アツヤ君を困らせちゃいけないと思って、しなやかな体に爪を立てないように気を付けた。
その一方で、キスはいつもより優しかった。
情欲に任せてって感じじゃなくて、奪うようにでもなくて……味わうように。丹念に、丁寧に、アツヤ君はオレの口中に舌を這わせた。
「気持ちイイっスか、大橋さん?」
アツヤ君が耳元で訊いた。
「すげー可愛い」
可愛いなんて、8つも違う少年に言われたって嬉しくないけど、ちょっと照れる。
「好きっスよ」
背中越しにぼそっと呟かれた時は、ドキッとした。
じわじわと嬉しさが全身に広がって、目の前が涙でくもる。
でも、どんな顔でそう言ってくれたのかは、分からなかった。振り向こうとしたけど、振り向かせては貰えなくて、シーツに沈むことになった。
「オレも」ってちゃんと言えたかどうか、記憶にない。最後にもう1度、優しくキスされたのは覚えてるけど――。
『泣くほど善くしてあげるから、もうちょっとここにいていーよな?』
いつものあのセリフを聞いたかどうか、よく思い出せなかった。
当日の朝も、いつも通りだった。
食パンとコーヒーだけの朝食を終えて、手早く着替えて出勤した。いつも通り、アツヤ君より早く家を出たから、出発を見送ってさえいない。
ただ、一応気には留めてた。
「アツヤ君、これ」
名刺の裏に、ケータイの番号とアドレスを書いて渡したりもした。
「何かあったら、連絡して」
それを手のひらにぎゅっと握らせると、アツヤ君は「はっ」と鼻で笑った。
「何か、って何スか?」
「分かんないけど、何かだよ」
口調も態度も、笑い方も、何もかも生意気だと思う。オレのコト、目上だって思ってないみたい。
でもオレだって、頼りがいはなくてもオトナだし。やられてばかりじゃない。
「じゃあ、気を付けてね」
少年を抱き寄せ、不意打ちでちゅっとキスをすると、彼は「な……っ」ってちょっと赤面してて、イタズラが成功したみたいで嬉しかった。
けど、その高揚感は、いつまでも持続しなかった。
灯りの点いてない、誰もいない、誰も待ってない部屋に帰った瞬間から、じわじわと寂しさが募って来る。
アツヤ君の私物は、浴衣以外全部ない。
イルカのシャーペンもなくなってて、それはよかったけど……勉強道具どころか、靴下も下着も何も残されてなくて、胸の奥が寒くなった。
合宿に行くのに、何もかも持ってく必要ってあるんだろうか? 私物が少ないから、そう見えるだけ?
ご飯作るのも1人分で、なんだかすごく味気ない。
元から何も手伝ってくれなかったんだし、1人分も2人分も手間は変わらないのに。食べてくれる人がいないと、料理作るのもつまんなくなった。
ベッドも、広くて寝られなかった。
社員旅行の時とは違って、誰かの寝息も聞こえない。オレだけの部屋にオレだけの気配しかなくて、静かすぎて落ち着かない。TVを点けても、そうじゃないって思ってしまう。
「写真、撮っておいた方が良かったかな?」
画像データやケータイの履歴を見返しても、アツヤ君の痕跡はどこにもない。当たり前だけど、彼からの連絡もなくて、ひとりだなぁと思った。
それでも3、4日は平気だった。落ち着かなくなったのは、週末を過ぎてからだ。
アツヤ君からは、「いつまで」って聞いてなかったけど、何となく土日のうちに帰って来る気がしてた。
それがただの思い込みだと気付いたのは、日曜の夜だ。
1週間じゃないなら、10日? それとも、もっと長期間? そもそも、何のための合宿なのかも分かんないから、その期間も想像つかない。
オレが野球部の合宿やった時って、確か1週間くらいだったけど。それとも、部活の合宿じゃないのかな? 全日本ユースとか? いや、ずっと家でゴロゴロしてたのに、そんな可能性はあり得ないか。
もう9月だし、学校には行ってるはずだ。授業を受けながらの合宿じゃないのか?
オレの母校の、あの敷地内にいるんだと思ってたけど。もしかして違うのか?
2度目の週末が来て、なんだか部屋に1人でいられなくて、こっそり母校まで行ってみた。
数年ぶりに訪れた母校はあまり変わってなかったけど、グラウンドの見える位置まで行っても、アツヤ君を見付けることはできなかった。
そうか、野球部じゃないのか。サッカー部でもラグビー部でもない。
もしかしたらバレーとかバスケみたいな、体育館でやる部活かな? それとも剣道や弓道?
いや、運動部の合宿とは限らないんだから……じゃあ、何だろう?
じわじわと胸の奥が灰色に染まる。
不安で不安で落ち着かないけど、いつまでも学校周辺をうろつく訳にもいかない。不審者扱いされる前に退散して、誰もいない部屋に帰るしかなかった。
社員旅行の時よりも落ち着かない。
花ノ木に連絡してみようか迷ったけど、母校のホームページにアクセスして、行事予定表を見て気が変わった。
もう1週間待とう。
1週間後には、学校公開日があるらしい。つまり、堂々と授業参観のできる日だ。
来校者確認なんかされないのは、母校だけに分かってる。
親兄弟だけじゃなくて、従兄弟や親戚なんかもよく来てた。OBさんだって見た事あるし。入り込むのは問題ない。
問題はアツヤ君に見つかった時だけど、見つからなきゃ大丈夫だろう。オレのことなんて警戒もしてないはずだし、思い切って行ってみることにした。
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