第2話 二年生

「冷泉さん、聞きました?サッカー部、また勝ったみたいですね」


「・・・うん、聞いたわ。またあいつなんでしょ?ハットトリック」


「そうなんですよ!限梨くん、凄いですよね。まだ二年になったばかりですよ?カッコいいし、勉強もトップなんですよね?後輩だけどちょっと狙っちゃおうかなっ?」


「お好きにどうぞ・・・」


「・・・嘘です、すみませんでした。冷泉さんはいいんですか?彼、あからさまに冷泉さんを意識してるみたいですよ。この間もサッカー部の三年の先輩と、冷泉さんを取り合って揉めたって言うし」


「そう・・・」


「冷泉さんの事好きなる人なんて沢山いますけど、彼の執着はちょっとすごいですね」


「・・・ねぇ?」


「はい?」


「敬語、止めてくれないかしら?クラスメイトでしょ?」


「あ、す、すみません・・・」


「もういいわ・・・」





 練習が終わり、先輩は先に帰り、俺が後輩たちに片付けの指示を出していると、ピッチの脇に冷泉永遠が立っているのが目に見えた。


「おい、冷泉先輩に近づくのはよせ!また先輩にどやされるぞ?」


 チームメイトの達夫が制止しようとしたが、俺はお構いなしに冷泉永遠に近づいて行った。


「・・・この間も大活躍だったみたいね。県予選突破おめでとう」


「ありがとうございます。でも、先輩はまだ不服そうですね?」


 俺の言葉に冷泉永遠の視線は鋭くなった。


「・・・何が言いたいの?」


「去年の入学式の日、先輩が言ったじゃないですか、私が学園をもっと楽しめる様にしたら話をしてくれるって。だから俺、あれからすぐサッカー部に入りました。昔からやってたんで」


「それで?」


「まあ、何とか県予選突破はしました。でもこれくらいじゃ先輩は認めてくれないのかなと。望みは全国優勝ですか?」


「生意気上々、と言いたいところだけど、気に入らないわね」


「何がです?」


「いいわ、そんなに話したいなら聞いてあげる。付いてきなさい・・・」


 冷泉永遠は踵を返し、校舎の方に向かった。俺は願っても無いチャンスがやって来たと、うれしくなり、意気揚々とその後に続いた。




「さ、ここよ」


「え、ここですか・・・?」


 ふん、流石にビビってるみたいね。仕方ないか、私にとってはお父さんでも、君にとってはこの学園のトップの理事長先生がいる部屋なんだから。


「・・・お父、理事長、入ります・・・」


 返事があったわね。ドアを開けてっと・・・。あ、お父さんたら、また仕事中にゴルフの素振りしてる。今日は彼がいるんだから、もう少し威厳をもって理事長らしくしてほしいな。


「どうした永遠?何か用かい?ん?そこにるのは・・・」


「はい、前々から話している彼です」


「おお、君が娘にしつこく迫っているという例の男だな」


「ちょっ!べ、別に俺は彼女にそんなつもりはありませんよ!?」


「・・・彼、私が何でコールドスリープをし続けているのかを知りたいらしくて。入学式当日に言うんだもの、びっくりしたわ。今までも何人か似たような質問をしてきた人はいたけど、大抵はそんなことよりも私の魅力に惹かれてどうでもよくなっていたのに、彼は違うみたい。あくまで自分の疑問を解決したいみたいよ」


「ほう?すると君は、娘がコールドスリープを使っている事がそんなに不思議なのかね?」


「・・・不思議です。だって、学生時代なんて人生の無駄じゃないですか。友達が出来て彼女が出来て勉強が出来てスポーツが出来て・・・そんな青春を絵に描いた様な日々を送れたのなら話は違いますが、大抵はそんなアオハルとは正反対の黒歴史一色なのが関の山だと思うんです」


「オーバーねぇ、君だって彼女や勉強が出来るかは知らないけど、サッカーのエースでチームメイトの友達だっているでしょ?」


「・・・俺は、それを手にするまでにあまりにも時間を要しすぎましたから・・・」


 ん?どういう意味だろ?それにさっきから様子が変。彼、こんなに暗い人間だったのかしら?


「・・・あの、先輩はあの時、コールドスリープを続けているのは、この学園が好きだからと言っていましたよね。それが本当なのなら、先輩は毎年青春を謳歌してるってことですか?」


「そうよ。だって最高じゃない?人生100年の中で、その人が一番輝ける時期ってこの時期だと思うの。勉強やスポーツに恋愛に、地球規模で見れば小さい箱庭にすぎないこの学園で、みんな切磋琢磨して自己を輝かせていく。素敵だわ、それに比べてどうからしら?社会に出てしまってからは何も楽しいことはないわ。仕事をしても私のこの容姿では上司からはセクハラ、先輩からはめんどくさいアプローチを受けて、お局や周りの女子社員からは嫉妬されてやっかまれて。適当な男と結婚しても、家や車のローンに追われ、子供が出来れば娘の育児に追われ・・・。考えただけで溜息しか出ないわ・・・」


「・・・まるで、見てきたように言いますね・・・」


「そりゃそうよ。実体験だもの・・・」


「え!?」


 あらら、あんなに目をまん丸くしちゃってかわいいこと。まあ、ここまで話してあげるのはあんただけだからね。一年、私の言うことを律義に守って、サッカーで頑張ったんだから。


「コールドスリープなんて今やありふれた装置で車より安いじゃない。一般的にみんな美容や健康維持のためにあれを使っているみたいだけど、私は違う。こうやって何回も幸せな学生生活を味わいたくて使ってる。何でかって言うと、私はさっき言った大人になってからの苦労を実際に体験してるから。元々童顔で本当に良かったわ。当時の容姿で高校生に十分見えたもの」


「そ、それでこの学園に・・・」


「そう、幸い父がこの学園の理事長だったから、裏から手を回してくれてね。晴れて私は永遠の女子高生になれたのよ。それからの人生は本当に充実してる。そりゃ、コールドスリープにも限界があるから、私もいつかは終わりにしなくちゃいけないって思ってる。そうね、自分の娘が入学してきたら流石に止めるかな・・・」


 ・・・あらら、急に黙り込んじゃったわね彼。何を考えているのかしら。でも、これで分かったでしょう?一年間、私から言われたことを律義に守ったことは好感持てるわ。そうやって頑張って聞きたかった答えがこれって、どう思ってるのかしらね。満足のいく返答だったかしら?まあ、どっちでも私には関係ない事だけど・・・。


「・・・先輩は、旦那さんとは別れたんですか?」


「え?」


 な、何?唐突ね、なんでそんなこと聞くのかしら・・・。


「・・・旦那とは別れたわ。親権は私が持ってる。でも見ての通り現役女子高生だから、子育ては両親にお願いしてるわ」


「そう、おじいちゃんが頑張ってますよ」


 ふふ、お父さんありがとうね。味方でいてくれて・・・。


「私もね限梨くん、娘が最初にこの話を持ってきたときは反対したよ。でも、私は娘が社会から受けた仕打ちと旦那から受けた仕打ちをよく知ってる。そんな苦労をした娘が、我が学園に来たいというのなら、拒む理由はないじゃないか。孫も懐いてくれてるしね」


「・・・そうですか」


 ん?急に俯いちゃって、どうしたのかしら?さっきから一体何を考えているの?


 あ、顔上げた・・・。な、何?


「俺と付き合ってくれませんか?」


「え!?」


 と、唐突過ぎないこの人!?今の話を聞いてどうしてそんな話が出てくるのよ。


「ず、随分急ね。今の話聞いてなかったの?私は非公式では女子高生だけど公式ではシングルマザーなんだよ?」


「それがなんだっていうんです。俺、この一年間、先輩に認めてもらう為に必死で努力しました。そしたらいつの間にか好きになってました。それに、先輩は約束通り全てを語ってくれた。全てですよね?」


「す、全てよ」


「じゃあ、俺も全てを語ります、一年後に」


「い、一年後!?」


「だって、先輩からこの話を聞くのにそれだけかかりましたから。一年後、そうですね、俺が卒業する前に話します。付き合うかどうかの返事はその時でいいです」


「・・・わ、私はどうしてればいいの?一年間」


「そうですね。悔いのない一年間を過ごしてください。これが高校生活最後になるくらいのつもりで・・・」


「ど、どういう意味!?」


「さあ?それじゃ、失礼しました」


 ・・・な、何よ彼。カッコつけて出て行っちゃって。何が高校生活最後のつもりでよ、私はまだまだ来年も再来年も高校生活をエンジョイするんだから!


 ・・・するんだから・・・。












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