君への詩と僕への音

和翔/kazuto

プロローグ

秋、窓全開の教室に風が吹く。

風か気温か、原因はどうだっていい。とにかく手と足と耳が凍る。

室内だというのに息は白い。

そんな冷たい空気は35度を維持する彼女の息だけでなく視線までもが支配されていた。つまりは視線が冷たいわけだ。


「寒くないの?」


不意にそう口にする。

高校生、服装は制服という規制された中でおしゃれをしなければいけない女性や陽気な男性は、秋という時期には当然悩むこととなるだろう。

セーターを着れば汗を搔くかもしれない。だが着なければ寒い。とにかく寒い。

だがおしゃれをするしないよりも前提の問題。女性はスカートでないといけない。それは彼女も同じなようで。


「寒くないわけがなくない?」


机の上でに座り何を考えているのか、目線は外の広い校庭へと向く。耳をすませば準備体操の掛け声や先生の怒鳴り声が聞こえる。

そんな窓際の彼女も例外なくスカートを穿いていた。

スカートの内側に穿いている青い短パンに目線が自然と向く。彼女の脛にあるスカートによる焼け跡、そこから上の白い肌は男性の目線を鋭いものとする。

が、これ以上の蔑まれにあふれた目線や言葉は求めていない。俺が求めるのはアイデアだけだ。そう思い神経を脳に集中させる。


「黙ってるとさ」


突然彼女の声が教室内に響く。


「この時間って時計の針の音とか、あんたの足音とか、なんかいい音がするからいいよね」


語彙の足りない彼女の言葉に同調する。

目線は外でも集中は室内にあるのだと胸をなで下ろす。


「やっぱり窓閉めてもいい?」

「眠くなるからって窓開けるように言ったのあんたでしょ?」

「やっぱり寒すぎると集中続かなくなるもんだね」


そういい彼女の方へと歩く。

不意に腕時計に目を向けると針よりも先に鳥肌が主張してくる。

時間を見るよりも先に明音の席へと着いてしまった。時間は放課後だしどうせ5時程度だろうと時計の確認を妥協する。


「まって」

「え? なに?」

「窓閉めないで」


そう彼女が言った途端ビュっと風の音が聞こえた。彼女の長い髪がふわりと浮いた。

校庭から「寒い!」と運動部の声が聞こえた。


「これ以上窓開け閉めされると体温調節ができないじゃん」

「でも……寒くない?」

「あんたがさっさと詩作ればいいだけでしょ」


詩、うたを作って俺が彼女に聞かせる。それが僕らの趣味でもあり趣であった。

奏世 詩

今年この高校に入ったピカピカの1年生。親が音楽が好きで名前は初めから決まっていたそうだ。もし俺が女性に生まれたら「カノン」という名前になっていたらしい。

ただ俺は親の影響を全く受けず、音楽は聴く程度。楽器を弾いたり、作詞をしたり、いわゆる音楽家としての趣は感じなかった。音楽の成績もまずまずだ。

出席番号は8番。教室の席は縦には7席。つまり一番前の席になってしまった。このことは中学ずっと寝ていて英語の成績が壊滅的に悪い俺にとっては寝る暇すら与えてくれないこの席に多少の苛立ちを覚える。先生も席を変えないと言い張っていていて多少の絶望感を感じている。だが一つ得したこともある。


「足ばっか見ないで考えたら?」

「女性をモデルにすると顔も胸も足もどこ見てもセクハラになるから諦めろ」

「は? あんたが見なければ解決する話でしょ」


明音 鈴

普段から動いたりするのだろう、秋だというのに服装はシャツ。さすがに長袖だが膝に置いている意外と大きな手は若干震えている。何も言わなくても寒いことが伝わる。

身長は俺と大差はない、少し俺の方が高いようだから多分165くらいだろうか、いわゆる低身長というやつだ。悲しくもあり近い友人がいて安心している気持ちは隠すことにしている。

出席番号は1番。校舎側教卓方向の隅にいる。

つまりは席が隣、しかも女性。入学したての時期は大げさに喜んだものだと懐かしく思う。

物思いにふけると途端、いろいろな思い出がよみがえる。

あの時は名前が両方音楽に関係してると盛り上がった。どうやら明音も音楽には多少の関心はあるものの、特に目立った行動はしていないらしい。ただ二人とも名前に関心があり趣味が俺は詩、明音は音へと繋がった。

そういえば趣味の話になったことがある。

俺はその時初めて明音の唯一の個性を知った。

彼女はどうやら音が好きらしい。特に人から出る音が。

心音、声、足音、嘔吐。人から出る音なんて並べればキリがない。ただ彼女はそういう音が好きなようだ。

最近は家でASMRやラジオを聴くことが多いと知った。

もちろん明音が言ったのだから、俺も話した。なにせ陰気な俺は自分について話す時が一番輝いている。

俺は先に言ったように詩が好きになった。

考え方はドが付くほどの理系。左脳の機能が異常に発達している俺だが、何故か詩が好きになった。

普段の語彙力を良いものにしようと語彙を調べては脳にインプットしている俺はその語彙をふんだんに使って作る詩に次第に趣を感じるようになった。

もちろん明音から毎度同じ質問が来る。「小説じゃダメなの?」何なら家族にも言われた。

小説ではダメ。何ってデメリットが大きい。詩は直感的に簡潔にまとめることができる。一番は日常に使えることだ。

小説は続かないといけない。そこまで考えをまとめるのは得意ではないし何より語彙が足りない。あと単純に面倒だ。

そこまで考えてはっと目を開ける。どうやら考え込んでしまっていたようだ。教室の光が一気に視界に流れ込む。なんてことは起きず、


「うお!?」


目の前には明音が立ってた。

驚きが体に影響しガッと机と床のこすれる音が鳴る。体制を崩さないようにと体が反射的に机につく。やはり反射というものは慣れに依存しているもので右手がとっさに体を制御した。

が、勢い余って腰をぶつけた。


「ねぇ、今寝てなかった?」


そういって明音が右手をこちらに向ける。

親切心を無駄にしまいと手首を掴もうと俺も自由な左手を出す。


「ほんと何してんの……」


明音はそう鼻で笑うと俺の手を握って引っ張った。


「あ、ごめん、ありがと」


女性の手を握るのは野暮かと手首を握ろうとシナプスが普段よりも活発に働いたがあっけなく手を握ることとなり思考が詰まる。

やはり女性っぽくないなと心の中で呟く。本人に言ったら怒られるのだろうか? 別の機会にでも聞いてみよう。


「そんで、詩はできたの?」

「おっけ、完璧」


俺はそういうと制服の内側にあるポケットから手帳と普段から愛用しているペンを取り出すと単語をメモする。


「なら聞かせて」


明音はそういうと椅子に座り目を瞑った。

椅子の下で手を握っている。


「どうでもいいんだけどさ」

「ん?」


邪魔するようで悪いがなんとなく話しかける。

パッっと目を開けた純粋な明音の目線が俺の目線とぶつかる。

恥ずかしくなり目線を違う方に向けたいがなんだかもったいない気がしてそのまま話す。


「た、確かに詩を文字にするのは面倒だけどなんで読まずに聞くの?」


こういう詩を俺が読んでそれを聞くことは二人の趣味であり趣だ。だが、普通……普通なんてないが簡単なのは、俺が詩を書きそれを明音が読む。というのが良いと不意に考えた。


「あんたの声ってなんか落ち着くんだよ、というか私は音が好きであんたは詩を作るのが好きなら今の状態が一番でしょ?」

「確かにそうだったな。需要と供給の関係的な」

「別にあんたが詩作らなくても私はあんたと関わったよ、声も性格もいいんだから」

「ありがと……あんたも……性格いいよな」

「何それ、なんか適当じゃない?親友だと思ってるの私だけ?」

「違う違う、語彙が思いつかなかっただけ」

「え? なに? 照れてんの?ツンデレってやつ?」

「黙ってもらえる……?」


不意に褒められたり親友と呼ばれたりすると照れる。素直に受け止めればいいものの反発してしまうのは悪い癖だと自覚はしている。


「ま、こんな無駄話はいいから詩聞かせてよ」

「了解」


改めて明音は目を閉じる。

俺もメモを見るため目を落とす。

メモと言っても単語を並べただけの紙屑。辞書のページをちぎったほうが情報は得られるのだろうが必要なのは俺の頭に浮かぶ光景とそれを支える言葉達。

俺は聞き取りやすいようにゆっくりと話し出した。

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