10

聖所では遠目にしていたからわからなかったが、こうして近くにすると、そこまでの美人ではない。

頬が艶やかなのは頬紅を上手くいれているから。

指先の血色のよさは爪紅をほんのり桃色にして嫌みのない色味を、その濃淡によって指が長く見えるよう演出している。

手入れが行き届いていて、それを魅せるのが上手いのだ。

所作や見目を磨き、漂う色香が、彼女を洗練された女性に見せているのだ。

 

「なんで君がここに?」

「うちのボスから、そこのお兄さんと取引しろというご命令よ。見届けるようにね」

「このお姉さんと取引した」

「なるほど」

 

淡々と告げるサガンに、適当に相槌を返しておく。

ナールは長い髪をかき上げ、色っぽい息をつく。

目に見えてサガンがデレる。

胸元からうなじに流れたあからさまな眼の動線に、あまりにも簡単すぎるとは思ったが、男とはそういうものだろう。

 

「おとなしく街を出てくれるとこちらは助かるのだけれど。探しものとはね。うちの人員を貸しましょうか?」

「随分気前がいいな」

 

アスレイが疑問に思うと、ナールはふふ、と含むように笑った。

 

「あなたにはお礼をいわないといけないのよね。あの男は邪魔だったから。あなたのお陰よ」

 

サガンが、あ、と口を開いて目を泳がせた。

何のことだかわからずアスレイが黙っていると、ナールはサガンに視線を投げた。

頭をかくサガンになにか察したらしいナールは、「教えてあげなかったの、悪い子ね」小さくそう呟いた。

 

「あなたが港で伸した悪漢がいたでしょう。彼のことよ。うちで雇ってた御者だったんだけどね、うちのボス、ギンナル様も素行が悪いって手を焼いてたの。待遇が悪いって悪態ついてね。実際稼いでくるものだから優遇するしかなくて。この前あなたをうちに訴えてきて、ここで調べてもらったら、色々出てきたのよ。それで解雇出来たのよ」

「そうか」

「だから貴方については、多少の色をつけてもいいと思ってるのよ。人手、必要でしょ?」

 

目の敵にされる要素があったのかと一瞬肝が冷えたが、そうではないらしい。

実際本当に好意的なのかは疑わしい。

だが、厄介払いのお陰で、資金繰りにも余裕が出来たという彼女の発言が、全て嘘のようには思えなかった。

それに、ナールは本気で人手をだそうとしている。

アスレイがやんわり断ると、「欲がないのね」と残念そうにナールが呟く。

 

「なーんだ、結構話せるんだね」

「お前とは違うなぁ」

 

シビルに、サガンが突っ込む。

するとナールは一瞬でその表情を変え、シビルにニヤリと笑った。

おおよそ淑女らしいものではなく、挑戦的に、だ。

 

「そうね、その子は対価をいただくわ」

「あ、お前の鉱脈利権の破棄が条件だったから。法石の鉱脈は、金貨五枚で我慢しろ」

「え――――」

 

非難の声を上げるシビルは、直後にしょげる。

しかし、裁判官を長官が宥めただけで収監が無罪放免となって出れるわけがない。

ギンナルは狡猾そうに見えた。

相応の対価を条件にせねば、納得するような輩ではないだろう。

鉱脈を条件にしたのであれば納得だ。

 

「そういうことよ。ギンナル様もお喜びで、貴方の無礼も不問にするそうよ。よかったわね」

「良くない…」

「充分だろ」

 

サガンの突っ込みが痛烈にシビルを叩く。

しょげたシビルがだんだん小さくなっていくのが、少し可哀想に思えてくるくらいだ。

 

「あなたは気が変わったら連絡してちょうだい、アスレイ、だったかしら」

「機会があれば」

「それじゃあまたね、お嬢ちゃん」

 

勝ち誇ったかのようにナールは胸元を反らせると、ヒールを響かせて去っていく。

石の廊下に小気味のいい音を立てて、彼女の姿が小さくなるとその音も小さくなっていく。

荷物を持った壮年期の牢番が出てきて、彼女がいないと見るやその姿を目で追う。

漸くその姿を見つけた牢番は、しなやかに身体を動かす彼女の後姿に、鼻の下を伸ばして見送っている。

 

「ほんっといい女だよなぁ。お勤めご苦労さん。ほい、荷物はこれで全部かな」

「ありがとう」

「あれで元孤児だっていうから驚きだよ」

 

壮年期の牢番が感嘆のため息をつく。

 

「彼女は孤児なのか」

「俺も同じ孤児院でしたけど、彼女は優秀でしたから。ギンナル様の右腕ともいわれてます」

 

若い牢番が苦笑する。

 

「ギンナル様に拾われて、英才教育受けたとか云ってたな。どんな教育受けたらあんな良い女ができるのか知りてぇよ」

 

壮年期の牢番が、「お前はお前で、俺たちのホープだけどな」と肩を叩いた。

慰められた牢番がはにかむのを横目に、シビルが悪態をつく。

 

「おっさん悪趣味」

「お嬢ちゃんはまだまだだな。見倣えよ、良い女だ」

「ああなる予定はないよ」

「そうだなぁ、もっと育たんとな」

 

ははは、と壮年期の牢番が笑う。

シビルは複雑そうな顔をしてアスレイを見る。

するとサガンが此方を見て思わせ振りに笑った。

 

若い牢番は顔を紅潮させながら、壮年期の牢番を窘めていたが、「男は本能で生きてるからな」と聞く耳を持たない。

…男とはそういうものだ。

アスレイは多少居たたまれない気分になりながら、誤魔化すように剣を背中に背負った。

 

 

外に出るともう日は暮れていた。

まだ夕刻にもなってはいないのに、本当に日が短い。

結局、サガンに宿へと送って貰う。

「派手なことするなよ。取引はまだ下っ端には伝わってないかもしれない。根に持っているかもしれないからな」、そう言い残してサガンは帰っていった。

 

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