『ギャラリー・ストーカー』
朧塚
絵の中の少女。
ストーカーって今でも問題視されている。
警察のストーカー防止法って進んでいるので、事件化しやすい事が多い。
それは画廊に遊びに行った時の事だった。
正直な話、今でも私は付け狙われている感じがするし、終わっていないと思う。
今でも奴の影を見る。…………………。
あれは秋頃だった。
大学二年生だった。
普段、歩かない場所を歩いていたら、たまたま無料で入れる画廊があって、暇だったので入ってみた。
中に四十代くらいのおじさんがいた。どうも画商らしい。
「学生さんかい?」
「はい。そうです……」
「なら、見ていきなよ」
画商はねっとりとした不気味な声質をしていた。
「芸大生かい?」
画商は不気味に、にやにやと聞いてくる。
「いえ。普通の大学に通っています」
「そうかい。美術品には興味があるのかい?」
「はい……。そうですね……」
正直、高校の頃にハマった携帯ゲーム機のRPGゲームが西洋絵画をモチーフにしたものだったので、少しだけ関心がある、といった程度だった。
それにしても、この画廊の中に飾られている絵はどれも不気味なものばかりだった。
眼だ。
眼をモチーフにした絵が多い。
窓ガラスの中から、部屋の中を覗き込んでいる巨大な一つの眼の絵。
大量の眼球がお皿に載っている絵。
クリスマスツリーのオーナメントのように樹木に吊るされた沢山の眼。
それら全ての眼達がこちらを覗き込んでいるような錯覚に陥っていく……。
そう言えば、この画廊自体から何か視線のようなものを感じる。気のせいだろうか。
「ひひっ。この展示会。画家さんの絵、凄いでしょう?」
画商はポストカードや手作りだと思われる画集を進めてきたが、私は断って、画廊を立ち去った。
その日からだった。
私は何者かに見られているような感覚に陥る事が多くなった。
お風呂に入っていても、用を足していても、部屋のベッドの中にいても、友達と会話を交わしていても、何者かの視線をつねに感じるようになった。振り向いても誰もいない。
そんな日々が続いたある日、私はあの画廊に行けば、何か分かるんじゃないかと思った。
ただ、画廊の名前を憶えていない。
それ処か、あの日は知らない道を散策する形で歩いていたので、辿り着く事さえ出来なかった。近くに目印らしい目印も無いのだ。確か、何気ない民家などや廃ビルの一角にあったような気がする。
結局、諦めて、私はその日は帰路に着いた。
何者かに見られているという感覚が拭えない……。
あれから数か月程、経過したが、視線を感じる。
つけ回されているような気がする。
友人からは思い込みだよ、と言われる。
ある日、ぶらぶらと街を歩いていると、あの日に見た眼球の絵がポスターとして貼られている画廊を見つけた。
あの日とはまるで違う店だ。
この画廊の方は、以前、何気なく入った画廊よりも小綺麗な感じがした。
店を経営している画商は、あのねっとりした感じのおじさんではなく、五十代くらいの女性だった。
私はその店の中へと入った。
「この作家さん、新作を描かれたんですよ」
女性は気さくに話しかけてくる。
新作だという絵画を教えてくれた。
その絵は若い女性が喫茶店に座っていて、巨大な眼が女性を盗撮しているかのように覗き込んでいるような絵だった。
絵の中の女性は不安そうな顔で、かなり居心地悪そうな表情をしている。
何処か、私の顔立ちに似ているような気がした。
その絵はポストカードにもなっていた。
「この絵、人気で非売品なんですけど。ポストカードとしても販売されていて、よく売られているんですよ」
「…………そうなんですか……」
私は何を話せばいいか分からない。
「そうそう。この画家さん、新しく画集も出されるので、それも見られませんか? 見本がありますので」
女性は私に画集の見本を渡す。
私は渡された画集をパラパラとめくっていく。
すると、ページをめくる度に、学校の中、電車の中、公園の中と一人の若い女の子を監視している巨大な眼。
あるいは、大量の眼が描かれていた。
その絵の中の女の子はその眼に気付いているような不安な顔を浮かべている時もあれば、まるで気付かない時もあるみたいだった。
お風呂場の中の絵も描かれている。
女の子は裸体だった。
私は絶句していた。
女の子の左胸の下には小さなホクロが描かれている。
その左胸のホクロは私の身体にもあった。
身体付きも私によく似ている。
ついでに、学校、電車、公園、喫茶店、リビングルーム、お風呂場と既視感のある場所ばかりだった。
私がいつも通っている学校、電車、立ち寄っている公園、喫茶店、そしてお風呂場の中だった。
何故か、制服を着た中学生時代の私が中学校で授業を受けている絵まである。
中学校の教室の中は、私が通っていた中学校にそっくりだったし、着ている制服は私が着ていた制服と同じだった。
「なんでも、モデルの子がいて。快く引き受けてくれたそうです。画家さんの交際相手なのだそうです」
女性…………、気味の悪い中年女性はにんまりとした不気味な笑顔を浮かべていた。
屈託で無邪気で、何も知らない笑顔といった処か。その底にとてつもない悪意のようなものを私は感じた。
ゲラゲラと何者かに笑われているような気がした。
気付けば、私は走って店を出ていた。
あれから、その画家の絵が街のポスターになったりしていた。
TVでも紹介された。小説家の本の表紙にもなっていた。
あの画集は飛ぶように売れているらしい。
ネットレビューでは画集に対して絶賛の嵐だった。この女性の裸は美しく、何度も性的に興奮したという趣旨の言葉を過激に書いている男性レビュアーもいた。この画集は世界中で翻訳されて売られているらしい。
裸の私の絵が、公衆の面前で私の許可しない処で晒され続けていた…………。
画家は顔を非公開にして、名前は本名ではなくペンネームだ。
素性を一切明かさない画家としてもよく知られている。
インタビューによると、今度はエロスをテーマにして、男女の性行為の絵も描きたいと仄めかしていた。
モチーフにしている女の人と、同じような女性を描くらしい。
なんでも、女性は画家の”恋人”らしかった。
画家いわく、将来の事を記事のインタビューで訊ねられて、子供を三人は作りたいと言っていた。
私はその画家の顔を見た事さえ無い…………。
今日も、私の裸体は絵画として公衆に晒され続けている…………。
ネットには、その画家の絵画をモチーフにした、過激な二次創作やR18の漫画まで存在するらしい。それ程までに絵の少女は数多くの男達を魅了したのだ。二次創作の中には、絵のモチーフの少女が過激に凌辱されていたり、監禁されたり、虐待されているものまであるみたいだ……。
私は自宅の部屋の中で何度も何度も嘔吐した。
胃の中が空っぽになった。
視線の濃度が増し、夜道に私に近付いてくる気配が強まっていた…………。
街を行くと、あらゆる男達がじろじろと私を見ている……。
警察に行っても相手にしてくれず、親、友人に話しても鼻で笑われる。
私の裸を描き続けている画家は、もうじき、その筋では大きな賞を受賞して、世界にはばたくとインタビューで述べているらしかった。
家に帰ると、煙草の香りや、靴跡など、知らない人間の痕跡を多く見かけるようになった…………。
了
『ギャラリー・ストーカー』 朧塚 @oboroduka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます