第30話 ロスト
向井家より二階上の部屋から出てきた敦の母親は、家を抜け出した紗良が淳といるかもしれないと訴える紗良の母と、彼女が引き連れて来た二人の公務員を快くリビングに通してくれた。
着信してもメールを送っても反応がないと分かると、龍生の求めに応じてタブレット端末を持ってくる。
「パソコンとタブレット、スマホの間で位置情報を共有しているんです。大丈夫。本当に一緒にいるのが敦なら、紗良ちゃんに酷いことは起こりませんよ」
紗良の母を励まして、敦の母がタブレットからスマホの位置検索を始める。
息子の予想外の行動を知らされても、彼女が下手に動揺することはなかった。
子どもという生き物が大人の思い通りに動くわけではないということを理解しているのだろう。
その上で、息子のすることに信頼を寄せているのだ。
検索結果を待つ間窓の外を眺めていると、ふと眼下に黒塗りの車が停まるのが見えた。
「葬儀屋だ」
見覚えのある霊柩車から出てきたのは、見覚えのある男、瓜生嵯峨であった。 初夏の日差しの中三揃いのスーツを着込み、同じく黒ネクタイの男達を従えている。
彼らの腰、あるいは両脇に見え隠れするホルスターが武器の存在を示していて、龍生は急ぎ窓辺から離れた。
「どうですか」
「ちょうど出たところです」
敦の母親が向けるタブレットを覗き込む。
地図の上を移動するピンは生活圏から大きく外れて県境の山に向かっていた。
「本当に何かあったのね……」
敦の母親が呟く。
日常の行動範囲から大きく逸れていく息子の軌跡に、ことの難しさを察したようだ。
「向井さん、葬儀屋が来ました。一度家に戻って凌いでください」
窓の外の存在に言及して、龍生は紗良の母親を促した。
少しでも捜索の時間を稼ぐには、こちらの動きに気づかれないことが肝要だ。
葬儀屋が向井家に到達する前に、母親を家に戻したかった。
「志摩さんはここに残って。向井さん、お許しいただけるなら紗良さんの抱えている事情について、うちの志摩から須藤さんにご説明いたします」
管理者がロストした嘘花に人権はない。プライバシーもない。
それでも選択肢を提示できるのは、敦の母が細かい事情を後回しにすぐさま協力してくれたからだった。
少し考えてから、沙良の母が「お願いします」と力なく頷く。
「須藤さん、このタブレットお借りしてもよろしいですか」
「どうぞ」
龍生の要請を敦の母が快諾する。
庁舎の人間であるというだけで大した説明もなされぬ中、その即断はまるであなた方を信頼していますよ、という無言の圧のようだった。
お礼を言って玄関に戻る。
そっとドアを押し開いたのは、万が一革靴の音が近づいているとも限らなかったからだ。
幸い葬儀屋達はまだこの棟に入ってきていないようで、周辺は静かだった。
「行きましょう」
紗良の母に声をかけてドアを大きく開く。
と、そこに一つの人影が現れて、龍生は目を瞠った。
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