第18話 臨時補充要員

 入社して二ヶ月も経てば新人でも様々な事情に通じてくる。

 伊織だけでなく葛野の耳にも龍生の事情は届いていたようで、おろおろと先輩二人を見比べた。


「うちの件は知られているようだから割愛するけど」


 観念して口を開く。

 タッチパネルを引き寄せてビールのおかわりを注文しながら、龍生はずいぶん昔の記憶を若者達に語り始めた。


「もう一件のレアケースは八年前、一家で寄生された事例だね。両親と十四歳の長女、十二歳の双子の妹が同時に寄生されたとみられている。みられている、というのは長女についての報告がまちまちだからだ。確かに発芽を見たという報告がある一方、彼女は発芽していないとする報告もあった」


「どうしてそんなに違ってしまったんですか」


 龍生や伊織、自分から話題の対象が遠ざかったせいか、葛野が幾分安心した顔で問う。

 残りのビールを飲み干して、龍生は葛野に答えた。


「当時特事課は、ばたばたと人が抜けて深刻な人員不足だったんだ。各部署に一時的な人員補充の要請が来たくらいで、それでも集まらないから一人につき数週間というごく短期間のローテーションを条件に、強制的な人員召集が行われた。つまり、しばらくの間そうしてかき集められた右も左も分からない人間達によってかろうじて運営されていたのが実態だ。当然、現在のように担当制も取れず、定期観察する者はころころ変わった。発芽した、と報告したものと、していない、と報告した者は別の人物だったんだろ。実際に俺が見た時は、彼女の体に発芽の痕跡は見られらなかったし」


 え、と葛野が目を丸くする。

 隣の席の伊織の僅かに体を緊張させた。

 面白くもなさそうに小宮山が口を挟んだ。


「要するに臨時補充要員として召集されたのが御堂って話だ。レアケースに関わった後、自分がレアケースの関係者になった。持ってるんだかいないんだか分からない奴だよ、本当に」


 分かりやすく動揺した葛野に向かって、龍生は気にするな、と話を進めた。


「八年前は役所に入社したばかりの新人だったからね。俺は環境課に所属していたけど、まだまだ大した仕事もできなくて、人身御供には最適だっただけだ。とにかく特事課に来て初めて見たのがその一家だった。言った通り長女に発芽の痕跡は見られなかったが、細胞検査によって嘘花に寄生されていることは確定した後だったから、特に混乱もなかったな。調査のためではなく発見のために細胞検査を行なったのは、後にも先にもあれ一件だったと思うよ」


 嘘花に寄生された人間は細胞レベルで変化し続け、やがて植物と似たようなものになる。

 長女の場合も僅かながら細胞変化の兆しが見られ、寄生が確定したのだ。


「無口な子だったし、おそらく発芽後ほとんど嘘をつかずに過ごしたんだろう。他の家族に比べて寄生の進行が極端に遅かったんだ。そのせいで、彼女は自身も嘘花に寄生されながら、家族の管理者にされてしまった」


 よく分からない、といった様子の葛野に横から磯波が捕捉する。


「今でこそ、管理できない嘘花は即時葬儀屋への持ち込みが認められていますが、当時はまだ【終末期】以前の嘘花には人間と同等の人権が認められていませんでしたからね。未成年ながらも管理能力ありと判断された長女は、四つの嘘花を管理することになったんですよ」


「そんな子どもに……」


 葛野の呟きはもっともだ。

 実際に彼女を見た龍生からすれば、事態は更に深刻だったと想像できた。

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