第13話 特別事例収集課
二
特別事例収集課です、と名乗るなり途端にインターフォンの通話が切られた。
世界を埋め尽くさんばかりに咲き狂っていた桜が一通り散り終え、代わりに新緑が勢いを巻いて人々を急き立てる、初夏。
保健所を経由してもたらされた情報をもとに、龍生と伊織は発見されたばかりの【嘘花】のもとを訪ねていた。
「切られましたね」
「そうだな」
相変わらず感情の読めない伊織に適当な相槌を返す。
門前払いなど特事課にいれば日常茶飯事だ。龍生は気にせず目の前のインターフォンを再度押した。
「向井さーん。特事課ですー。庁舎から派遣されてきましたー」
インターフォンの音とともに龍生の声が団地内に響き渡る。
様子を伺っているのか、近くの部屋からは息を潜めるように物音一つしなかった。
団地といえばイメージされるのは古い公営住宅だが、この建物は都市再生機構が管理しているUR賃貸住宅だ。古びた団地をリニューアルし、敷地内も美しく整備して新しい住人を呼び込んでいる。
間取りが多いせいかファミリー層が主流のようで、平日夕方の団地内には帰宅してくる子どもや井戸端会議をする母親達の姿が散見できた。
「向井さーん。ご存知かと思いますが、特事課の受け入れは国民の義務ですよー。拒否すると業務妨害で警察が来ちゃいます。葬儀屋かも」
チャイムを連打してわざとらしく大声で畳み掛ける。
階段を上りかけていた高校生くらいの少年が龍生達をちらりと見て踵を返した。取り立て屋だとでも思われたのかもしれない。
ややあって、がちゃん、と鍵の開けられる音がした。
「やめてください。大きな声出さないで」
顔をしかめながら細くドアを開けたのは四十代前後の女性であった。
小綺麗な格好はしているが、肌は荒れ、目の下に隈をつくっている。ひどく疲れた様子の彼女は、調査対象である【嘘花】の母親だろう。
胸ポケットから名刺を取り出すと、龍生は母親に挨拶をした。
「お騒がせしてすみません。特別事例収集課の御堂と志摩です。保健所からご連絡があったかと思いますが、向井(むかい)紗良(さら)さんの観察に参りました」
事務的な口上は定型文で決められているものだ。少々配慮のない言い回しも、【嘘花】が人とは違うものだと意識づけするために必要なことだった。
「帰ってください」
「申し訳ありませんが、こちらもこれが仕事ですので」
にっこり笑って言うと、母親が大きくため息をついた。
「どうぞ」
半ば投げやりにドアが開かれる。
お許しを得て、龍生と伊織は向井家に足を踏み入れた。
清潔な空間に上品な趣味の調度品。不景気真っ只中のこの時代にしては多少余裕のある暮らしぶりが伺える。
ふと違和感を感じて、龍生は辺りを見回した。
──鍵が多い。
廊下を主軸に私室やダイニング、浴室に繋がる全てのドアに鍵が取り付けてある。しかもどれも真新しい。まるで最近慌てて取り付けたもののようだ。
「どうかしましたか」
後ろに続く伊織が龍生に問いかける。
「いや、何でもない」
曖昧に首を振って、龍生は母親の後を追った。
廊下の手前、玄関に一番近い部屋の前で母親がためらいがちに足を止める。
母親の体越しにドアを眺めて、龍生は今度こそ眉を潜めた。
他の部屋同様、紗良の部屋にも鍵がついている。しかし問題なのは鍵の向きであった。
鍵のつまみ部分が外側についている。
つまり中側からは鍵を使用しないと開かない仕組みなのだ。普通は逆にする。部屋の主の意を無視して開けられる鍵など意味がないからだ。
これではまるで娘を閉じ込めているようではないか。
眉間の皺を深めていると、母親がくるりとこちらを振り返った。
「ここが紗良の部屋です。入るならお二人でどうぞ。お帰りの際には内側からドアを叩いてください」
それまでは鍵をかけさせてもらいます、と続けた母親の言葉に、もしやと懸念が湧き上がる。
「嘘花は感染る病ではありませんよ」
念のため諫言すると、案の定母親が嫌そうな顔で視線を逸らした。
「そんなこと、分からないじゃない」
「分かります」
外側から鍵をかけられる紗良の部屋。内側から閉じこもることのできる他の部屋。これらは全て、紗良と家族が接触しないためのものだ。
風呂やトイレなど生活に必要な移動をする際にのみ部屋の鍵を開け、他の家族は別の部屋に閉じこもる。
病原菌を避けるようなこの行動は、家族が嘘花の感染を恐れていることを示していた。
部屋の中にも聞こえるよう、龍生ははっきりと断言した。
「嘘花が文献に残されるようになってから現在まで、感染するという事実は確認されていません。嘘花は口から入り体内で寄生する寄生植物です。ウィルスじゃない。飛沫や体液、空気で感染することはありませんよ」
「嘘つき」
鋭い拒絶で母親が龍生を睨む。
「知ってるのよ。かつて感染の警鐘を鳴らす論文を書いた医師がいたって」
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