第12話 嘘花特別収容所


「今度は吐かないって言うなら、志摩さん。戻る前に一件付き合ってほしい場所があるんだけど」


 車を走らせながらふとそう言ったのは、気になる事態に思い至ったからだ。

 どこへ? と眼差しだけで問う伊織に、龍生は説明を足した。


「特別収容所。聞いたことくらいあるだろう」


「……一応。うちは自宅管理だったので縁はありませんでしたが」


 特別収容所は【嘘花】の管理を代行して行う施設である。

 家族が世話をできないケース、最初は世話をしていたものの耐えられなくなったケースなど、入所の事情は様々だ。

 いずれにしろそれなりに金がかかるので、サービスを受けられるのはごく一部の家庭に限られていた。


「真木と同時期に発芽した【嘘花】がいてね。何かあったら連絡が来る手筈にはなっているんだけど、まあ念のため」


 同時期に発芽したからといって同時期に進行が進むわけではない。そんなことは分かっているが、この目で確かめておきたかった。


「ついでだから君にも会わせておく」


「私ですか」


 うん、と頷いてハンドルを切る。


「君が本当にこのまま特事課に残るつもりなら、俺と行動する機会は多い。いずれ無関係ではいられないだろうから」


 ──意気地なしめ。


 どこからともなく真木の嗤う声が聞こえた気がして、龍生は思わず笑みを歪めた。


「……本当は、あまり行きたくない場所だから君を口実にしている」


 白状すると、ほんの少し眼差しを和らげた伊織が「いいですよ」と龍生に応えた。

 郊外に向かって車を走らせること、しばらく。

 やがて開発途中の半端に広い土地に特別収容所の円形の建物が見えて来た。

 北側の一部を除いてほぼ全面がガラス張り。陽光が反射してびかびかと輝いている。

 駐車スペースに車を止めると、龍生はちらりと伊織に目をやった。


「連れてきておいてなんだが、無理だと思うなら残ってもいいぞ」


「行きます」


 意地なのか、確信なのか。頑なな声で主張すると伊織がさっさと車を降りる。

 肩を竦めて、龍生も車の外に降り立った。

 オートロックの自動ドアに近づくとブザーを鳴らす。すぐさま応答があり、身分と用件を伝えるとがちゃん、と解錠の音が響いて自動ドアが開かれた。

 館内に入ると飛行場のようなゲートと屈強な警備員が現れる。まるで門番のようだ。

 壁沿いに複数設置された電子機器で入館手続きを行なっていると、ゲートの向こうから白衣姿の職員がやって来た。

 やや髪の毛が心許なくなったマッチ棒のような男で、丸眼鏡の奥から人の良さそうな瞳をこちらに向ける。


「御堂さん」


 軽く手を挙げて合図する彼に、どうも、と会釈する。

 顔見知りだが名前は知らない。

 伊織を伴ってゲートの前に進むと、マッチ棒がじろじろと彼女を観察した。


「こっちは新しく特事課に配属された志摩伊織さん。俺の下に就くから顔見せもかねて同行させた」


「なるほど、なるほど。御堂さんが身元を保証される」


 龍生の説明にうん、うん、と頷いてマッチ棒がニカっと笑う。


「結構ですよ。顔は覚えました」


 言いながら自分のIDカードを使ってゲートを開けてくれる。

 ゲートは職員しか開けられず、館内は一名以上の職員が同行することになっていた。

 意図的に容姿を覚えようとするのも、来館者を監視するのも、全ては【嘘花】を管理するためだ。

 万が一にも逃さないよう、外から訪れる者たちを警戒していた。


「今日は天気がいいので、みんな元気いっぱいですよ」


 にこにこと館内を案内するマッチ棒に続いてエレベーターに乗り込む。

 七階フロアに降り立つと、『第七サンルーム』と書かれたガラス張りの自動ドアが見えた。


「志摩さん、気分が悪くなるようならすぐに言って」


 念のため警告すると、伊織が怪訝そうな顔でこちらを見上げる。

 今更何だ、と思ったのだろうが、マッチ棒を追って入ったサンルームでその意味を理解したようだった。

 さんさんと日光が降り注ぐサンルームにずらりと並べられているのは、両足を鉢に突っ込まれた人、人、人。いや、【嘘花】だ。

 まるで足湯でもしているように椅子に座って大人しく根が張るのを待つ老人。

 頑丈な支柱に縛り付けられて喚き散らす青年。

 しくしくと泣きながら枝葉を揺らす女性。

 ぼんやりと窓の向こうの鳥を見つめる木肌の子ども。

 まだ人の形を保っているものから樹化しているものまで、様々な段階の【嘘花】が一斉に日に当てられていた。

 立ち止まってしまった伊織に向かって、マッチ棒が説明する。


「【嘘花】は植物ですから、水と日光で生命維持ができます。我々はこれらを終末期まで管理し、花が咲き次第葬儀屋に回収してもらうことを仕事としています。もちろん定期的に会話もしますよ。嘘はこの生き物の養分ですからね。誰かと喋らないと嘘もつけない」


 笑顔のマッチ棒に葛藤や罪悪感は見当たらなかった。まるで慈善事業に携わる人のように清々しい表情で胸を張っている。

 目に見えて顔色の悪くなった伊織に、龍生は声をかけた。


「志摩さん」


「行けます。大丈夫です。ここがどんな所かは知っていました」


 細い声で捲し立てる伊織はこちらを見ない。明らかに強がっている様子に龍生はため息をついた。

 知っていた、というのはネットやパンフレットに載っている有料老人ホームのような綺麗な印象の収容所だろう。

 足留めされ、出荷待ちの植物のように、ただただ飼われる群衆をイメージできていたとは思えない。

 だとしてもこれ以上の気遣いは無用か、と龍生は伊織から視線を外した。

 警告はした。選択肢も与えた。それでも進むなら好きにすればいい。

 潰れるなら早いうちに。

 胸の内で呟いて、龍生はマッチ棒を促して先に進んだ。


 マッチ棒が案内したのは収容所でも真南に面する『中央区画』であった。

 繁る樹々は皆【嘘花】だ。【終末期】に近いものを集めているのだろう。

 他の区画と違って他の個体が日光を遮らないよう、間隔を開けて配置されている。

 その中の一つを示されて、龍生は鉢に近づいた。

 すらりと伸びた幹。形よく伸びた枝葉。その合間に小さいが色付く前の蕾が確認できた。

 こちらの気配に気がついて【嘘花】がぎゅうう、と体軀を捻る。

 覗き込むようにして振り返ったそれが三日月型に両目を細めた。


「ああ、やっと来てくれた。待っていたのよ」


 愛しているわ、愛しているわ、と無数に枝の生えた腕らしきものを龍生に伸ばす。

 クールなのにどこか愛らしさを感じさせる顔立ち。魅惑的な微笑み。こんな姿になっても変わらず高い自尊心。

 化物になっても美しさを損なわないそれに、龍生は複雑な思いで笑みを返した。


「久しぶり──明日香」

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