勿忘草
桜瀬悠生
笑顔の匂い
父親を思い出そうとするとき、笑顔よりも先に冷たい眼差しが浮かんでくる。
その次に浮かんでくるのは、
怒鳴ったり殴ったり物を投げつけたりしてくるときのものだ。
しかし、笑顔をまったく思い出せないわけではない。
そのときには必ず、酔っ払いの嫌な臭いもついてくるだけだ。
だけど、それはきっと物事のひとつの面しか映していないのだろう。
目に見えているものが、すべてとはかぎらないからだ。
酒臭い笑顔の裏には、
ひとりの人間としての寂しさや悲しさがあったのかもしれない。
もちろん、こんなものは僕の勝手な想像にすぎない。
真実はわからないし、わかったところで過去が変わるわけでもない。
それでも、あの日の笑顔だけは違ったものに思えてくる。
本屋の前で偶然出会ったときの、
友人たちと仲良く赤ら顔になっていた父親の笑顔。
見たこともないぐらいに上機嫌で、嬉しそうに僕に声をかけてきた父親の笑顔。
僕のことを手招きながら、友人たちに紹介しようとした父親の笑顔。
少しでも思い出を変えられるのなら、勝手な想像をしてみる価値はあるだろう。
過去を変えることはできなくても、受け取り方を変えることはできる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます