第7話 メール



 しかし、ある程度まで進めていくと、無視できない問題が浮上してきた。


「正面からトラップに挑んでるんじゃ、ユニットの消費が激しすぎる」


 それは、ユニットがいくつあっても足りないという点だ。


 ここまで来ると、迷宮の様子が少々変わって来ていた。


 最初の何もなかった白い部屋ばかりではなく、どうやってこんなの作ったと突っ込みたくなるようなフィールドが、リアルとゲームともども出現する様になってきたのだ。どれも人間業かと疑いたくようになるものばかり。


 それは、ある時は湖だったり、森だったり……。

 

 リアル迷宮に橋を架ける為にゲーム迷宮でユニットに毒沼を歩かせたり、灯りを付ける為に手さぐりで暗闇の中を歩かせたり。


 そのたびにユニットがトラップに引っかかり消費してしまう。


 この迷宮はいちいちユニットを消費せねば先に進めないようになってきている。

 そのおかげで僕の手持ちのユニットは、だいぶ少なくなった。

 総数としては、最初の頃よりやや多いぐらいの十数人になってしまっている。一時期は三十近くも補充していたにも関わらず、だ。


(まずいよな……)


 拍子抜けしていた少し前の自分に教えてやりたいくらいだ。

 この迷宮、どうにも性格の悪い構造になっている。


「製作者の顔を見てやりたい、どうせ性格の悪そうな不細工なんだろうけどな」


 貯まった不満を消化するために、そうやってまだ見ぬ犯人の容姿を想像しながら攻略を進めていくのだが……、


『新たな機能が解放されました』


 ふと、画面に文字が出現して消える。


 新たな機能……?


 次の部屋に入ろうかとするまさにその前に、手紙マークのアイコンが、ゲーム機の画面に表示されたのだ。

 ユニットリストの文字に寄り添うように。

 位置的に考えれば、ユニットと関係がある事なのだろう。


「だけど、なんでメール?」


 物言わぬただのユニットの傍に、意思疎通するための手紙を模したマークがある事が理解できなかった。

 首を傾げていると、一瞬遅れてメールの着信を知らせる効果音が鳴り響いた。立ち続けに。


「っ!」


 携帯の着信音と同じような音だ。


 それが、今あるユニットの数の分だけ連続して鳴り続けた。

 いちいち数えてたりはしなかったが、恐らくそうなのだろう。

 すべてのユニットの横に手紙のアイコンがついたのだから。


「……ぁ」


 永劫ともいえる長い時間を使って、音が鳴り響きそして止んだ後、嫌な予感にかられていた。


 まさか、と言う思いがあった。

 その可能性を考えなかったといたら嘘になる。

 けれど、そんな事、信じられなかったから無視していたのだ。


 だってあり得ないだろう。

 そんな恐ろしい事が、起こるわけないではないか。


 だが、そんな懇願の様な願いに反して、現実は非情だった。


 頭の中に浮かんだ可能性を振りほどく為に、希望に縋り付きながら届いたメールに矢印カーソルを合わせてボタンを一回押す。メールを開いた。


 画面中央、フィールドの光景に重なる様にしてテキストが表示される。


「……」


 無言でゲーム機の画面に表示されたその文字を視線で追いかけた。


 そこにあるのは短い文字だった。

 きっと読むのに誰だって一秒もかからない。

 なぜならその内容は、たった三文字だったのだから。


 けれど、そこには……。


『こわい』


 今の僕の意気を挫くのに、一番効果的な内容が書かれていた。


「っ!」


 これは夢だろうか? 本当に現実なのだろうか?


 文字を目で読み進める内に、理解していった。

 紅蓮は間違えたのだ。


『こわい』『たすけて』『しにたくない』『しんじゃうの?』『そんなのやだ』『いやだ』『つらいよ』『かえらせて』『もうやだよ』『だして』『だれかここからだして』『おとうさん、おかあさん』『かえりたいよ』


「うわぁぁぁぁぁぁっ!」


 全てのメールに目を通す事ができず、ゲーム機を放りだした。

 それらの内容を頭の中で理解するのを拒否した。

 けれど断片だけでも理解してしまう。


(――――何だこれ、何だこれ! どうなってるんだ)


 どうしてこんな事になっているのか。こんな事が。本当に起こる事なのか。

 嘘だ……、とそう思いたかった。


『お母さん、お母さん』『誰か助けて、お家に帰りたいよ』『兄ちゃんにもジローにも、もう会えないの?』『皆、大丈夫だから、落ち着いて、他の人達はちょっと目の前で消えちゃっただけでしょ。ああもう紅蓮はどこにいるのよ。あいつがいれば、きっとうまい言葉考えてくれるのに』


 しゃがみこんで呆然としていが、新たに音を響かせて送りつけられるメールの文面を読んで行く。何も考えられないと思っていたのに、こんな時でも頭が働くのは不思議だった。逃避行動かもしれない。


 結論から言うと、僕が楽勝だと思っていたゲームはゲームなどではなかった。


 ただのユニットだと思っていたそれらには命があって、見知った者達だったのだ。


 物のように消費してしまった命はどうなったのだろうか。消えたと言っているが、死んだのだろうか。想像したくなかった。現実逃避したかったが、こんな時でも、つまでも呆然自失として立っていたらいつか犯人がやって来て、為す術もなく殺されるだけだろうという理性は一応残っていた……。僕は冷たい人間なのかもしれない。


『紅蓮、どこにいるのよ……助けてよ』


 だけど。


「僕は……」


 取り落としたゲーム機を見つめる。

 もう僕は目の前に転がっているそれを手に、迷宮攻略に立ちあがるなんて出来なかった。

 たとえ犯人に殺されたとしても、だ。


「僕を許せない……」


 そう……、思っていた。

 彼女が現れるまでは。


 背後から、人の気配がして考えるよりも前に反射的に振り返っていた。


 そこにいたのは少女だ。

 桃色のワンピースを着た、優し気な顔をした僕より少し上くらいの歳の少女。


「私は許すよ。他の誰が許さなくても」


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