ラビリンス・ゲーム 

仲仁へび(旧:離久)

本編

第1話 橘紅蓮の日常



 僕の目の前には血の海がある。

 地面を埋め尽くすのは屍の山だ。


 たくさんの死者の前で立っていると、敵だった人間から人殺しと呼ばれた。

 血も涙もない鬼だと。悪魔、死神だとそう続けられる。


 ……。

 そうだ。

 たくさん殺した。

 僕は、たくさんの人間を殺しこの手を血に染めてたから人殺しだ。


 でも安心してほしい。

 僕は現実では、人を殺した事なんかない。


 いつだって、殺すのはただのデーターだ。

 携帯ゲームの画面の向こうで、仮想の生を与えられているNPC達。

 彼等は主人公ぼくに向かって罵詈雑言を投げつける。

 僕はそれに何も感じない。だってすべてはゲームうそなのだから。

 だから今日も明日も僕は人を殺し続けるのだ。

 現実の世界から逃れるために……。


 




 冬の季節。

 吹きすさぶ風は冷たい。

 外で時間を潰すには肌寒い時期。


 だけど僕は外にいる。


 近所の公園で、一人携帯ゲーム機を持って、ベンチの上に座っていた。


 家の中なら快適だっただろうけれど、そんな選択肢僕にはなかった。


 だって、そこには父と母がいるから。


 頭のてっぺんから足のつま先まで凍り付くようなそんな日の中、防寒着の恩恵に預かりながら視線を向けるのはゲーム機の画面。


 他にベンチに座る者はいないから、集中を阻害される事はない。

 なぜならここは風通しがめちゃくちゃいい。

 逆に言えば、ここに座りたがる人間は、誰もいないと知っているからわざわざ選んだのだった。


 そこは僕、橘紅蓮たちばなぐれんのいつもの定位置だ。


 学校帰り、家に帰らずベンチに座って、そうやって時間を潰す。

 それが日常だった。


 紅蓮にとっての普遍の常識。

 けれど、その日はいつもと違う事が起きた。


 その日もゲーム機を手に殺戮行動ゲームプレイにいそしんでいると、影が差した。

 今まで視線を落としていた画面が見えづらくなったことに煩わしい思いをする。


 しかし、陽光がかげったにしては、範囲が部分的過ぎる。

 

 僕が座る場所以外は、どこもお日様の恵みに恵まれてさんさんとしていたからだ。


 訝しげに顔を上げると、クラスメイトである朝霧実加あさぎりみかと目が合った。彼女の影が邪魔をしていたらしい。


 そこにいたのは、コートも着こまず、赤いマフラーだけを首に巻いて動きやすような服装をした少女だ。彼女は、性格がそのまま表れたような勝気そうな表情でこちらを見つめ、腕を組みながら喋りかけてきた。


「紅蓮、またそんなゲームばっかりして。そんなのばっかりやってるから、女の子みたいになよっちい体になっちゃうのよ。男の子だったら、遊んだりケンカしたりするのが普通でしょ!」


 最初から最後までお説教口調。


 頭の片方で長い髪を結んだ少女は、いつもこうだ。

 公園にやって来てはよく、ベンチに座って微動だにせずただゲームをこなすだけになっている紅蓮へちょっかいをかけてくる。


「余計なお世話だ。あっちいけよ」

「いやよ、紅蓮がゲームを止めなきゃ行かない」


 仕方なしに、ゲームをスリープモードにして終わらせる。画面が真っ暗になって、自分の顔が映った。男らしくない、見ようによっては女と間違えられそうな軟弱な顔つきだ。よくあるロールプレイングゲームの登場人物で例れば、剣を振る勇者じゃなくて後衛の魔術師あたりだろう。


「ほら、止めたぞ」


 ゲーム機の画面を見せて、確認させる。

 これで彼女の要求は通ったはず。


 だからあっちいけと手で追い払う仕草をするのだが、実加は逆にこちらの手を掴んで引っ張った。


 抵抗するが、運動していないもやしっ子の体力より、活発的な少女の力の方が勝った。


「おい!」

「紅蓮も来なさいよ。皆と遊んだほうが楽しいわよ」


 抗議の声を上げるが、彼女はまったく悪びれた様子がない。


「何でだよ」

「楽しいのよ! だから来なさいよ!」

「……」


 なんて頭の悪い会話なのだろう(比率は彼女の方が圧倒的に高いが)


 実加は僕に、有無を言わせない(というか言っても聞かなさそう)。


 そのままぐいぐい引っ張ってくれる行為はm非常に迷惑だった。

 自分のやってるお節介が他人の迷惑になっているなどと考えてもいなさそう。

 でも、それに強く出られない僕がかなりなさけなくなってくる。


 実加はベンチから離れた場所……公園の隅で遊んでいる一団に近づき、声をかけた。


「ねぇ、一人拾って来たわよ。大した戦力にならないかもしれないけど、入れてあげましょ!」


 そう言って、こちらを掴んでいた腕を開放。

 馬鹿力だったもので、思わず腕をさすってしまった。


 視線の先で、実加は無自覚に僕を貶してくる。


「こいつでもそれなりにちからになるはずよ!」


 大した戦力になりそうになくて悪かったな。

 けれど、文句は心の中にとどめる。

 

どうやら彼女は今日は紅蓮に声を掛けに来ただけではなく、遊びにも来ていたらしい。


 彼女の友達らしき一団がやっているのは、ドッジボールだった。

 見慣れたフィールドが地面に掘られている。

 先ほどまで飛び交っていただろうボールは、土の上に転がっていた。


 そこまで観察していると、友達らしき男の子が実加に話しかける。


「入れてもいいけど、でもこのゲームもう飽きちゃったんだ。何か面白い事ないか」


 実加が連れて来た戦力よりも、そちらの方が気になると言った風だ。目の前の連中は今までの遊びに飽き飽きしてしまったらしい。


 子供なんて遊びさえ与えていれば、同じことを延々とやっているようなもんだと思っていたがどうやら違うらしい。


 僕の両親は、そう思ってはばかならかった。

 だから僕は、長時間一人で遊べるゲーム機を買い与えられているのだ。


 何となく、面白くなくなってきた。


 もうこいつら無視して帰ってしまおうか。そんな事を考えたけれど、一歩歩いたところで実加に察知されてしまった。


 視線を向けて、「何にげようとしてんの?」みたいな目を向けられる。


 僕は面倒くさい説教を回避するため、仕方なく別の事を口に出した。


「今までのに飽きたっていうなら、横にも人間を置けばいいだろ」

「?」


 小首をかしげるのは実加だけではない。

 他の者達もだ。


 思いがけず大勢の視線を集めてしまって、動機が早くなる。


 何か言わなければ。僕はどうにかして言葉をひねりだした。


「難易度をあげればいいんだ」


 そしたら、一番近くにいた実加がこちらへ問いかけてくる。

 こんな風に多人数に注目される機会なんてめったにないから、少し焦る。


「ねぇ、それどういう事? 面白いの?」

「……だから、今までは右に左にボールが飛んでいくだけだっただろ。それじゃ、やってるやつも、見ている方もつまらないし」


 僕は、フィールドの方を視線で示す。


 実加の友人達はずっと、普通のドッジボールをしていたようだ。

 規則正しくボールが、あっちからこっちへ移動するだけの詰まらないゲームを。

 

 ゲームだったら一流でも、二流でもないただの三流だろう。

 たまに人が当たって進行が止まる事があるが、それではスリルが足りない。


「だから、もっと別の方向からもボールが飛んでくる様にすればいい」


 フィールドをシューティングゲームの画面に見立てて説明する。

 靴のつま先で地面に溝を作って、図を書いていく。


 まず、ドッチボールの普通のフィールド。


 横に長いこのフィールドを、そこらに転がっていた石ころを拾って、蹴る。


 ボールに見立てて移動させた石ころは、一本の線のようにあっちからこっちへ、こっちからあっちへ動いていった。

 しかし、その線をもっと立体的にする。

 横に伸びていた線を縦に移動させるのだ。


 ドッチボールのフィールドは一つは敵のフィールドに接していて、もう一つは外野が待機している方向に接している(接しているというか、あるが正しいけど)。

 残った二つは使われていないようなので、そこにも外野を配置すればいい。


 そうすればフィールドを囲む四つの方向全てからからボールが飛んでくるため、よりスリルを味わえるはずだ。


 それを聞いた実加が手のひらを叩いて喜んだ。

 サルみたいだな、と思ったけど怒られる未来しか想像できなかったので言わないでおいた。


「紅蓮、良いこと言うじゃない! じゃあ皆やってみましょう!」


 実加の一言でその場が締められる。集まっていた者達はフィールドにおさまる、ゲームを再開しようとしている。


 それからのゲームはそれなりに盛り上がった。

 自分の一言がきっかけとなって他の者達が動いていく景色を見るのは、何とも言えない変な感じがした。


 ちなみに、僕はそのまま実加に引きずられて、強制参加。

 何度もボールをぶつけられるはめになった。






 次の日も、橘紅蓮はいつものように公園でゲームしようと考えていた。


 気のない挨拶を背に受けて登校した学校で、ぼんやりと授業を聞き流し(というかこっそりゲームで遊んで)、今日のゲームの事を考えながら通学路を歩いていた。。


 けれどいつもと違う事が起きた。


「紅蓮、アンタを遊びに加えてあげるわ。感謝しなさい」


 そう言って、実加が誘ってきたからだ。

 いつもより補足される時間が早い。



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