第16話 セレンの警告
不意に告げられた衝撃の事実に、サニーは咄嗟に返事をすることが出来なかった。
「……何を固まっておられるのですか?」
息をするのを忘れたかのような引きつった顔で自身を見ているサニーに対し、セレンは若干呆れたように溜め息を吐く。
「い、いや……だって……こ、孤児って、いきなり言うから……!」
「そんなに深刻に受け取らないで下さい。却って恐縮します」
セレンは立ち上がり、膝の埃を払った。
「よくある話ですよ。母と一緒にこの街に流れてきて、そして母がこの街の呪いの餌食になった。母はある日、不幸にも呪いの所為で『
「えっ!? それじゃあ、あなたも……?」
「はい。私も元を正せば余所者。とは言え、殆どこの街の生え抜きと言えるかも知れませんが。何せ、当時の私は未だ母の胎内で息づいていた胎児に過ぎず、母が殺された時ですら、ようやく立って歩く事を覚えたくらいの幼さだったようですから」
「そんな事情が……。じゃ、じゃあもしかして、セレンさんにこの街の呪いは……」
「いいえ、私には適用されます」
きっぱりとサニーの予想を否定して、セレンは断言した。
「どうやら、この街で産声を上げた時点で、アンダーイーヴズの呪いに組み込まれてしまうようです。他所から来た母は対象外でしたが、此処で産まれた私はそうもいきません。もっとも、母は最期まで知る由も無かったでしょうが」
淡々と自身の身の上話を語るセレンには、どういう訳か感情が一切含まれていなかった。あえて気持ちを抑えている風でも無い。嘆きも、痛みも、母に抱く愛情さえも。彼女の声からは、何も感じられなかった。
「セレンさん、あなたもしかして、お母様の事は……」
「お察しの通りです、サンライト様」
セレンは平然と言ってのけた。サニーに向けられた瞳には、やはり悲しみも苦しみも宿っていない。葛藤ひとつ無い凪いだ表情で、セレンは淀みなく言葉を続ける。
「母に対する如何なる想いも、私は持ち合わせておりません。それを保持するには、母との思い出が余りにも少な過ぎました。父にしても同様です。私を身籠っていた母がアンダーイーヴズに来た時、既に隣に父の姿は無かったそうですから。死別したのか、逃げてきたのか、最後まで母は明かさず終いだったようですが」
「それって…………」
似ている、とサニーは思った。セレンの母がアンダーイーヴズに来た経緯は、シェイドの祖母……フリエのそれに酷似していた。
「先代様も、同様に思われたようです」
サニーの心を読んだかのように、セレンが言った。
「母と私の境遇を、ご自身に重ねられたのでしょう。御自らの御母上様が施した呪いで、私の母が犠牲者となった事も後押しとなったようです。先代様はまだ物の道理も分からない私を館に引き取って下さり、ご子息様……シェイド様と変わりない待遇をお与え下さいました」
「それで、シェイドさんも“妹のような存在”って……」
「恐れ多いことです」
セレンは僅かに目を伏せた。
「時が経ち、分別を備えてくると、私は自身の境遇や人生について考えを改めるようになりました。先代様の御恩をお返しすることに、この生命を捧げようと決意したのです」
再び上げられた目には、強固な意志の光が宿っていた。
「私はレインフォール家の使用人。先代様に救われた存在。温かい食事も、柔らかいベッドも、高度な教育も、先代様は私にお与え下さった。私がこうして人間として立っていられるのは、全て先代様とレインフォール家の御慈悲の賜物。ですから私は、頂いたこの途方も無い御恩を、生涯をかけてお返しせねばなりません」
それから、ぐっと肚に力の込もった声で、サニーの心胆を揺さぶるかのように告げた。
「私の望みは、レインフォール家の繁栄とシェイド様の幸福。そして何よりも、先代様の御名誉をお守りする事です。サンライト様には、その点よくよくご承知頂きますよう、お願い申し上げます」
「……何故、あたしにその話を?」
セレンから放たれる威圧感に喘ぎつつ、サニーはどうにか問い返す。
「教えてくれた事は……嬉しいよ。セレンさんの気持ちも、美しいとあたしは思う。けど、どうしてそこまで明かしてくれたのかな……?」
不可解。セレンに圧倒されつつも、サニーの頭の中ではどうしても腑に落ちない部分がぐるぐると巡っていた。
どう考えても、ここまで言う必要があるとは思えないのだ。セレンが、サニーの存在を歓迎していない事は以前から分かっているが、牽制するにしたってやり方が明後日の方向に行き過ぎている。
サニーの目的はシェイドを助ける事。アンダーイーヴズの呪いを解き、シェイドと彼の父親の悲願を叶える事だ。
それは彼らやレインフォール家に仇を為すものでは無く、むしろ逆だと言うのに……。今のセレンの言い方では、まるで…………。
「サンライト様は、シェイド様が滞在をお許しになられたお客様。私はそれに敬意を表し、最大限フェアでいようとしているだけです」
またも曖昧な言い回しを残して、セレンは厩舎を出ようと歩き出す。
すれ違いざま、サニーの耳元に最後の警鐘を鳴らして。
「ゆめゆめお忘れなきよう。“
規則正しい靴音が、次第に遠ざかってゆく。
サニーは振り返る事も出来ず、高鳴る心臓の鼓動に耐えながらただ耳だけで去って行くセレンを送る。
人の声が絶えた厩舎の中、ただケルティーの飼葉を食む音だけが続いていた…………。
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