第二話 心に届く雨①
顔を洗い、パジャマから室内着に着替え、髪を整えたあと、和室の引き戸を開ける。
それから明かりをつけ、畳縁を踏まないように進み、座布団の上に正座する。
位牌の代わりに、手書きした短冊。
【戸川家先祖代々の霊位】
短冊立てでしっかりと支えられているそれを見ながらミサコは線香を三本手に取り、ライターで火をつけ、香炉に立てる。
両手を合わせて目を閉じると、自然と胸の奥からほのかに温かいものがこみ上げてくるような気がする。
こんな私を生かしていただきありがとうございます………。
無鉄砲に突っ走っても無事でいられるのは、きっと亡き母の直子が見守ってくれているから。
ミサコはそう思っていた。
だから、毎朝、必ず線香を捧げていた。
幼い頃に親子のスキンシップがまったくなかったミサコにとって、これが直子との触れ合いの時間でもあったからだ。
ふと、心地よい白檀の香りが頬を撫でる。
ゆっくり目を開けると、線香の煙がミサコの体を包み込むように揺らめきながら天井へと立ち消えていった。
お母さんが応えてくれている………。
ミサコはその感覚にしばし浸ってから立ち上がり、和室を出て軽めの朝食をすませると、手早く身支度を整えた。
第三環区にあるマンション。
間取りは二LDK。
家賃は六万八千円。
長らく一人暮らしをしているミサコだったが、そこそこの給料をもらい、それなりの生活ができていたので、特に不満はなかった。
そのおかげで、人生の時間を有意義に使うことができてもいるのだから。
アゲハを見つけることに。
「行ってきます………」
そして、もう一度和室を開けてそう言うと、そっと戸を閉めた。
◇ ◇ ◇
「これで三日連続だわ!」
自宅マンションを出たミサコは真っ先に空を見上げ、流れていく彗星を確認するや、早足で駅へと向かった。
まだ人影もまばらな町は夜の名残りと朝の息吹が混ざり合っており、まるで時間の隙間に入り込んでしまったかのようにまどろんで見えた。
キラッ。
………?
と、颯爽と歩くミサコの視界に何かが映る。
また、キラッ。
何かしら………?
少し歩く速度を落としてよく見てみると、ビデオに映っていた光る粉のようなものだった。
雨上がりに木漏れ日にきらめく雫のようで、とてもキレイだった。
しかも、ほどなくすると、そのうちの一つがミサコの歩調に合わせるようにしてゆっくりと頭上に落ちてくる。
やがて、そのまま胸に触れたかと思いきや、スーっと溶けていくようにして消えた。
冷んやりとした感触をイメージしていたミサコは、少し驚いた。
体感はほのかな温もりだったからだ。
不思議な光る雨ね………。
ミサコはその余韻を感じながらも、また歩を早めた。
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