第九話 乗っ取られた男
一本の長い通りに沿って整然と並ぶ高級ショップ。
ブランドものの衣服や装飾品で身を包んだセレブたち。
そこは準京都の第一環区にあるダイアモンドストリートと呼ばれてる一角で、富裕層がショッピングをする場所としても有名だった。
その優雅な日常の中にあって、場にそぐわない雰囲気を醸し出している一人のチンピラ風の男がいた。
男はポケットに手を突っ込み、道行く人たちを物色するように鋭く視線を走らせる。
狙いは財布だった。
やがて男は一人の女性をターゲットに定めると、背後から近づいていった。
そして、バッグをひったくろうと手を伸ばしかけた時、異変が起きた。
突然、金縛りにあったかのように体を硬直させたあと、一度、目を閉じる。
ほどなくして、ゆっくりと瞼を上げると、明らかに数秒前までの男とは違う印象に変わっていた。
虚ろで暗い色を帯びた目。
男はまるで別人のような眼光を宿しながら、往来の買い物客に次々と襲いかかり始めた。
今度の狙いは財布ではなかった。
男は一人一人の首元からネックレスを引っ張り出すと、じっとそれを確かめるように見る。
ところが、それ以上何をするわけでもなく、また別の人につかみかかって同じことをする。
奇妙なほどに、ただそれだけを繰り返す。
その光景を見た通行人の女性の一人が、叫び声を上げた。
「バタフライ現象よ………!?」
そして、その女性は、ブランドものの高価なバッグから電話を取り出して警察に通報した。
◇ ◇ ◇
ダイアモンドストリートの外れに一台のパトカーが止まると、行き交っていた人たちが足を止めて好奇の目を向けた。
が、車から下りてきた二人の警察官の様子には緊迫感がなかった。
事件対応に駆けつけたのではないことを見て取ると、人々は再び歩き始めた。
警察官たちも急ぐわけでもなく、時折、あくびをしながらダイアモンドストリートまで進んだ。
すると、目抜き通りの一角で人だかりができていた。
警察官の一人が人垣の間を抜けて男の前に出ると言った。
「おい、お前、その人を放せ」
その声に男が振り返ったので、ちょうど掴みかかられていた女性が逃げて行った。
「ちょっと署まで来てもらうぞ」
もう一人の警察官がそう告げると、男は腕を羽のようにはためかせる仕草をした。
「わけの分からないことを」
警察官たちは面倒くさそうに男を取り押さえると、連行していった。
◇ ◇ ◇
「止めて!」
「えっ………!?」
またもや、突然、交差点を通過したところでミサコがそう言ったので、トモキは慌てて車を路肩に停車させた。
「今の道を戻って、交差点を右に曲がって!」
「はっ、はい………!」
それから言われるままに引き返して信号を右折すると、やや前方にパトカーがとまっていた。
そして、ちょうど警察官に腕を掴まれた男がパトカーに乗せられていた。
「あの感じは、カエル化現象ではなさそうですね? バタフライ現象じゃないですか?」
トモキが状況から判断してそう言うと、車内に呼び出し音が響いた。
「私じゃないわ、あなたよ」
「分かっています………」
ポケットから電話を取れずにモタモタしていたトモキだったものの、ようやく引っぱり出すと応答ボタンを押した。
「もしもし………はい………今、ダイヤモンドストリートの近くです………分かりました」
通話を終えたトモキは、一度チラッとミサコを見たあとで、一呼吸置いてから言った。
「部長がけやき通りに行けって言っています………」
「何かあったの?」
「カエル化現象が発生したそうです………」
「………」
ミサコの唇がキュッと締まった。
ギャフンと言わせたい相手に先を越されたことが悔しいのだろう。
理解されにくい反面、分かりやすい部分もある。
「じゃあ、行きますよ………?」
トモキはこれ以上波風が立たないように控えめに言ったが、返事は返ってこなかった。
ヤレヤレ………。
そして、ミサコの機嫌がみるみる傾いていくのをヒシヒシと感じつつも車を発進させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます