バトミントン

 彩絵と席が隣になってから数日経っても俺は彩絵に話しかけることができなかった。

「この意気地無しが」と何回も自分に呆れてしまった。

これでは毎日学校に行く前に玄関にある鏡に向かって「おはよう! 」と練習している意味がない。

そして今日もいつもと同じように声をかけることができなかった。

男友達や彩絵以外の女友達には「おはよう」ってなんの迷いもなく気軽に言えるに・・・。

自分の席に座って俺はため息を吐いていた。

肩をトントンとされるまではまーちゃんの存在に気づかなかった。

まーちゃんの話によると何回名前を呼んでも俺は下を向いてため息を吐いていたらしい。


「どうした? 朝からため息なんか吐いて、幸せが逃げてしまうぞ」

「なんでもない、ほっといてくれ」

「そんな感じの様子だと自分に呆れたってことか?」

「べ、別に・・・。なんでもねーよ」

「彩絵のことだろう?俺たちは親友だ、話してみろよ」


俺はまーちゃんの耳元で「彩絵と話す機会が欲しい」とつぶやいた。


「そいうことなら任せろ! 俺に名案がある」


自信満々に俺の肩を四回強く叩いてから「勝負は体育の時間だ」と言ってまーちゃんは自分の席に帰った。


 教室の中はカーテンの影響で暗くなり、男だけの状態になっていた。

今日は一限目から体育がある日だ。

みんな眠たそうにしながら体操服に着替えていた。体育は好きな種目を選択肢の中から選ぶことができ、同じ種目を選んだ人たちが集まり体育の授業を行う。

ほとんどの人は仲の良い友達と同じ種目を選んでいるはずだ。


「いよいよだな。男見せろよやまぴょん」


まーちゃんの名案という作戦はこうだ。

俺たちがこれから行う体育の種目はバトミントンだ。

この授業では残り少ない時間だが最後に試合をする。

その時がチャンスというわけだ。

試合は自分たちで四人グループを作り行う。

俺にとって最大の壁は彩絵に試合を一緒にしたいという思いを伝え誘うことだ。

「やるしかない、誘わなければなんの進展もないのだから」と自分に言い聞かせていた。

着替え終えた俺たちは体育館に移動しバトミントンの用意をしていた。


「これどうするんだっけ? 」


彩絵と数人の女子が困っているようだ。


「貸して、俺やっとくよ」

「あ、ありがとう」


俺は少し恥ずかしくなりながらも「おう」とだけ返事した。

「なに赤くなってんだよ」とまーちゃんが俺の耳を触った。


「小学生の頃からずっと変わらないよな、恥ずかしくなると耳が赤くなるんだ」

「人間なら普通じゃないのか? 」

「やまぴょんは普通より赤いと思う」


チャイムが鳴り、先生が「集合! 」と声を出した。出席確認が終わると準備体操があり、軽くランニングをしてから羽を打ち始める。

いつもと同じようにまーちゃんとアップの乱打をしていた。

「あの二人やっぱ上手いな、あそこにいるバトミントン部より上手い気がする」と順番を待つ人が話している声が聞こえてきた。

何より嬉しかったのが彩絵が俺たちの乱打を見て「すごい、すごいよね」と言ってくれていたことだ。

一限目が残り二十分になると先生が「試合」と声をかけ生徒たちは一斉にグループを作りコートの場所取りを始めた。

彩絵はどこかと探していた。

「俺達が組めば敵なんていないよな」とまーちゃんは大きめな声で言った。


「じゃあ勝負する?私達と」

「私も二人と試合してみたい! 相手にならないかもだけど」


彩絵といつも一緒にいる人が俺たちに勝負を仕掛けてきた。

俺から誘う予定が彩絵の方から来てくれた。これを誘ってもらえたと言っていいのかはわからないけれど。

男対女の試合はすぐに終わってしまった。


「じゃあ、次は男女ペアになって試合しようよ」

「そっちのほうが面白い試合になりそうだよね」


まーちゃんと彩絵はかなり乗り気だった。

ペアはグッパで決めることになり、俺は無事に彩絵と組むことができた。

俺はかっこいいところを見せたいという気持ちに突き動かされていた。

彩絵は俺がポイントを取るたびに「ナイスー! 」と喜んでハイタッチをしてくれた。

試合は点を取り合う接戦だった。

彩絵の前に羽が落ちそうだった。

彩絵は全速力で羽を返そうと走り出していた。

「頑張れ! 彩絵! 」俺はそんな言葉を無意識に声に出していた。

体育館全体に「ドン! 」という鈍い音が鳴り響いた。

彩絵が倒れていたの見て俺は「彩絵大丈夫か!? 」と駆け寄った。


「大丈夫大丈夫、転んだだけだから」

「立てるか彩絵」


立ち上がろうとするが膝を押さえて自力では立てそうになかった。

「膝見して」と俺はしゃがんで怪我の具合を見ることにした。

膝が赤く腫れていた。


「やけどしてるよ、早く冷やしたほうがいい」

「山下、保健室に連れて行ってやれ」

「お、俺が?」


周りの人が急かしてくるので俺は彩絵をおんぶして体育館の外まで運んで靴を履き替えた。

静かな廊下は歩く音と俺の心臓がドクドクと鳴っている音しか聞こえない。

それはまさに二人だけの世界のようだった。


「私重いよね・・・ごめんねやまぴょん」

「大丈夫だよ、むしろ軽すぎるくらいだ」

「そ、そっか・・・ありがとう」


背中から彩絵の体温を感じる。

人はこんなにも温かいのだと気付かされた。

ずっとこのまま彩絵のそばにいれたらなと歩きながら考えていた。


「やまぴょん、ここで下ろしてくれない?もう歩けるからさ」

「お、おう・・・無理するなよ」

「なんで、なんでさ、やまぴょんはさこんなにも優しいの? 」


俺は突然の質問に答えることができなかった。「そ、それは・・」続きは声に出すことができない、伝えたいことはたくさんあるけれど。


「私は一年生の頃からやまぴょんに助けてもらってばかりだね」

「そんなことはないよ、だって俺も彩絵に助けてもらったから」

「俺さ、ずっと彩絵のことが・・・」


このタイミングで言うのか俺は。

ロマンチックな雰囲気はどこにも無いし、全く予定にない展開だった。

俺は過去に一度タイミングを逃している。

次はないかもしれないと俺は勇気を振り絞った。


「好きでした!! 」


俺は言った、言ってしまった。

彩絵は俺から目をそらしていた。

どこか気まずい時間が流れていた。


「ごめん突然、でもこれが俺の本当の気持ちでだから俺は彩絵に優しく・・・」

「ごめんなさい!! 」


彩絵は俺の独り言の途中で割り込んで言った。

俺は思わず「えっ」と声が出てしまった。

彩絵の顔からは美しい笑顔が消えていた。


「私まだ誰にも言ってないけれど、彼氏がいるんだ。ごめん、騙すつもりはなかったんだよ」

「そ、そっか。幸せになってね・・・俺は彩絵が幸せなら嬉しいから」


俺の目から涙が溢れだしていた。

「情けないな俺は」と笑いながら涙を拭き取る。


「一年生の頃さ、私やまぴょんのこと好きだったよ。だからさ、早く素敵な彼女を見つけて私に自慢してよ」

「うん・・・」

「私一人で保健室行けるから、先に帰っていいよ」


俺は座り込んだままずっと涙を流していた。

恋がこんなにも辛いとは知らず俺は恋愛をしていたんだ。


「私の気持ちが変わってしまう前に素敵な彼女を見つけてね」


彩絵がそうつぶやいたように聞こえた。確かでは無いけれど。


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