27番の奇跡

 六限目のホームルームの時間は席替えだった。

いつもならみんな疲れ切って寝ている人がいるくらいなのに、教室の中はかなり盛り上がっていた。

前に置いてある箱からくじを引き、出た番号を確認して黒板に書かれた席に移動するというシステムだ。

くじを引き終えた人たちは「席一番前とか最悪! 」とか「やったー! 席近い」など口々に声を出していた。

席替えが楽しいのはきっと仲の良い友達と席が近くなりたいとか、好きな人の近くの席になりたいと言った願望があるからだと思う。

誰の近くになるかわからないドキドキは高校生になっても消えないものだ。

とは言っても俺は好きな女の子がいるわけでもないし、近くに話しやすい友達が一人でもいてくれたら充分だ。

そんなことを考えながら俺はくじの入った箱の中に手を入れて一枚の紙を掴んだ。

紙を開けると「27」と書かれていた。

席の位置は教室の真ん中辺りだった。

後ろから誰かに背中をトントンとされた。

振り返るとそこには真弘まひろという男の子がいた。

真弘とは小学校からの付き合いで大親友だ。


「やまぴょん何番? 」

「27番、まーちゃんは?」


やまぴょんというのは俺のあだ名だ。

山下亮太やましたりょうたの山になぜかぴょんがついたのだ。

命名した真弘本人も理由はとくになく、なんとなくと答えている。

ちなみに俺は真弘のことをまーちゃんと読んでいる。


「27番!? やまぴょん俺の席の前だよ」

「まじか! それは嬉しい! 」


俺たちはハイタッチをして喜び合っていた。

そして先生の声で一斉に机を動かし始めた。

俺の席の周りは誰もまだ席を動かし終えていなかった。

隣は誰なんだろうとワクワクしながら待っていた。

「やまぴょんって27番? 」と誰かが背後から話しかけてきた。

声的に女子だと思いながら振り返るとそこには彩絵がいた。

俺は思わずドキッとした。

「そ、そうだよー」と返す。

少しぎこちなくなったかもしれないと思いながらも笑っていた。


「私やまぴょんの隣だ。よろしくね! 」

「うん! よろしく・・・」


俺はなぜこんなにも緊張しているのだろう。

こんなにも心臓がバクバクと動くのは久しぶりだ。席を動かした人から帰っていいとのことなので彩絵はカバンに荷物を入れていた。

俺も帰る準備をしようと思ってカバンを机の上に乗せた。


「バイバイ! 」

「おう、バイバイ」


俺にそう言ったあと彩絵は女友達に手を振りながら教室を出ていった。

俺はなぜかずっと彩絵の背中を見ていた。

「何ぼーっとしてんだよ。俺用事あるし一緒に帰れねーわ」と真弘が伝えに来た。


「どーせ彼女と帰るんだろう?羨ましいぜ」

「正解。やまぴょんも彼女と帰れる日が来るといいな」


俺は聞こえないふりをして教室から出た。

廊下にはたくさんの人がいた。

人と人の間をうまく抜けながら階段までたどり着いた。

そうして靴のロッカーの前で上靴からローファーに履き替えていると先に帰ったと思っていた彩絵が声をかけてきてくれた。


「やまぴょんだ。最近寒くなってきたね」

「そ、それな」


なぜだろう、うまく返事ができない。

今日は風が強いので特に寒かった。

彩絵のサラサラとした髪の毛が風になびいていた。俺は電車登校で彩絵はバス登校なので校門を出ると別々になる。

もう少し話がしたいと思うのはなぜなんだろう。


「じゃーね、また明日」

「うん。また明日」


彩絵は笑顔で手を振ってくれた。

その笑顔はとても眩しかった。

今日の空は曇り空で太陽は出ていない。

きっと彩絵の笑顔が眩しいくらいに美しいのだ。

反対方向に向かって歩く彩絵の背中をずっと見ていた。

曲がり角を曲がり彩絵が見えなくなると俺も駅に向かって歩き始めた。


 改札を通り抜けて階段を登ると同じ制服を着た人たちがホームを埋め尽くすくらいにいた。

時々知り合いがいたので挨拶をしながらいつもと同じ場所で足を止めた。

ここは比較的に空いていることが多いので一人で帰る時はいつもここから電車に乗る。

ズボンのポケットからスマホを取り出すとLINEを開いて友達に返信するそして、インスタを開いてストーリーを見てゲームをするのがいつものお決まりだ。

しかし今日はそうではない。

LINEを開いて返信をした後に「彩絵」と書かれたアカウントのトーク欄を開いていた。

前に話したのは四月のクラス発表の時だった。

俺は指を上から下に画面をスクロールしていた。


「来年は彼女頑張って作ってね笑」


「男子で話せる人あんまりいないから、やまぴょんと同じクラスなれたら嬉しい! 」


「一年間ありがとう! 来年も同じクラスなれたらいいね! 」


そんな文字が俺の目に飛び込んで来る。

自分で言うのもなんだが一年生の頃はかなりいい感じだったと思う。

LINEはすぐに返信が来てその度につまらない会話で盛り上がったいた。

彩絵の方から連絡してくることも多かった。

それに何より楽しかったのが彩絵との電話だ。

あの時は本当に幸せだったと思う。

あの頃に戻れたらと毎日一回は考えるくらいに俺は後悔している。

なぜ俺は恋を諦めたのだろう。

過去の自分を憎まずにはいられなかった。

久しぶりに彩絵とLINEがしたいと思った俺は「久しぶりに話さない? 」という文を書いたがすぐに消してしまった。

他にもいろいろ考えた。

「席近いしよろしく」とか「今日宿題あった ?」など俺はメッセージを送信するのに何分かかっているのだろう。

迷いに迷った結果選んだのは「今日宿題あった ?」という文だ。

送信ボタンを押しスマホをポケットに片付けた。

本当はずっと気づいていた。

なぜこんなにも胸がドキドキしているのかを。

もう一度彩絵ことを好きになってもいいのかな。

そんな迷いがずっと消えなかった。


「一度した後悔はもう二度と同じ後悔をしないようにすればいいじゃん。そのために人は失敗して後悔をするんだよ」


彩絵が一年生の頃に部活の試合に負けて凹んでいた俺にかけてくれた言葉だ。

彩絵の笑顔が頭の中で映し出される。

本当は彩絵ともっと話したくて、もっと彩絵の笑った顔が見たいんだ。

自分の気持ちに嘘をつくのはやめよう。

次は何があっても諦めないそう心に決めたんだ。


「まもなく発車します。閉まるドアにご注意ください」


止まっていた彩絵に対する恋心が今走り出した。


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