半人半妖・第6話

 高梨から霧斗に連絡があったのは2日後だった。相手が遠方で仕事中だったということもあり、直接会うのは翌週の土曜日となった。場所は以前百瀬と会うのに使ったラビリンスという喫茶店にした。


 約束の日、霧斗と早瀬親子は別の場所で落ち合ってからラビリンスに向かった。

「どんなひとなんでしょうね」

「術師としても腕は確かなようなので、これからのこととか、蓮くんの相談相手になればと思うんですが」

徹と霧斗がそんな話をしながら歩くなか、とうの蓮はときおり何もない空中に目を向けながら歩いていた。

 喫茶店ラビリンスのドアを開けて中に入る。店員に待ち合わせだと伝えると高梨たちはすでにきていたようでテーブルに案内された。

「へえ、ここって個室になってるんですね」

「変わった作りでいいですよね」

不思議そうに店内を眺める徹に霧斗がクスッと笑う。案内された個室に入ると高梨とその隣に長い黒髪をひとつに束ねた端正な顔立ちの青年が座っていた。

「高梨さん、今日はありがとうございます」

「いえ、こういうのも私の仕事ですから」

霧斗の言葉に高梨が小さく微笑んで首を振る。霧斗と早瀬親子が高梨と青年に向かい合うようにして座ると店員は「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」と言って個室から出ていった。

「早瀬さん、こちらは俺が世話になってる組織の人で高梨さんです」

「早瀬徹です。こっちは息子の蓮です」

「高梨と申します。こちらは私がサポートしているフリーの術師で葛木さんです」

葛木と紹介された青年は3人を見ると軽く目礼した。

「口数が少ないひとですが、悪い人ではありませんので」

苦笑しながら高梨が言うと、葛木はちょうど向かいに座る蓮をじっと見つめた。

「…お前、桂の息子か?」

「え?」

「どうしてこの子の母親の名前を…」

葛木の口からまさか桂の名が出るとは思わず蓮が目を丸くして徹が驚く。霧斗は内心舌打ちしながら葛木を警戒した。

「桂と俺は同郷だ。あれは元は俺の許嫁だったしな」

「は?」

まさかの言葉にふたりがますます困惑した表情を浮かべる。困惑しているのは葛木を連れてきた高梨も同様のようだった。

「葛木さん、許嫁がいたなんて、今までそんなこと聞いたことないんですが?」

「聞かれなかったからな。それに、俺が里を出たのは桂がお前たちに会うよりずっと前だ。元々閉鎖的な里に嫌気がさしていてな。里を出てからも桂とは時々連絡をとっていた」

「なるほど。では、彼女が人間の男と恋仲になったことも?」

「知っていた。桂が里を離れてから2度ほど会った。1度目は里を離れてすぐの頃、もう1度は桂が人間の子を身籠った頃だ」

葛木はそう言うと蓮を見て目を細めた。

「助けてほしいと言われた。近いうちに一族の者に見つかり、里に連れ戻されるだろうと。だが、子どもだけは守りたい。力を貸してほしいと」

そう言いながら葛木は涙ながらに懇願する桂の姿を思い出した。

『私は恐らく殺される。私はどうなってもいいけど、この子だけは助けたいの。こんなこと、誰にも頼めない。お願い…』

いつも冷静で気丈に振る舞っていた桂の取り乱した姿などあの時しか見たことがなかった。親同士が決めたこととはいえかつては許嫁であったものだ。それなりの情もあった。だから葛木は手を貸すことにしたのだ。

「生まれた赤子と共に里から連れ出す手はずだった。だが、子を生んだばかりで弱った桂は里を抜け出す際に見つかった。せめて子どもだけでもと託され、俺が赤子をお前の元に連れていった」

「では、あのとき蓮を連れてきてくれたのはあなたなんですか?」

驚いたように尋ねる徹に葛木はうなずいた。

「そうだ。本当は桂も連れてきてやりたかったが、それは叶わなかった。急に子どもだけ託すことになってすまなかった」

そう言って軽く頭を下げる葛木に徹は首を振った。

「あなたが蓮を連れてきてくれなければ、蓮は今ごろ生きてはいないのでしょう?そうなれば、この子に生きてほしいと願った彼女の願いも叶わなかった。蓮を連れてきてくれて、ありがとうございました」

徹がそう言って頭を下げる。葛木は苦笑しながらそれを見ていた。

「葛木さんと蓮くんの母親が知り合いなら、これから蓮くんの相談相手になってもらうことも可能ですか?」

そう尋ねたのは霧斗だった。霧斗の問いに葛木は小さく微笑んでうなずいた。

「それはかまわない。この子の寿命は人間より長いからな。いずれ人間の社会では生きづらくなるだろう。そのときは俺のところにくればいいし、力の使い方など必要なら教えよう」

「ありがとうございます」

葛木の言葉に今まで黙っていた蓮がホッとしたように息を吐く。徹はその様子を見てどこか嬉しそうにしていた。

「実は、里の近くまで行ってしまって蓮くんのことが里の妖狐たちに知られてしまいました。彼らは蓮くんを探しにくるでしょうか?」

「ふむ。可能性としては低いだろうが、警戒しておくに越したことはないか。奴らは里からは滅多に出てこない。俺が里を出たときも追ってはそれほどかからなかった」

霧斗の問いに答えながら葛木が懐から出した護符を水の入ったグラスに入れる。護符はあっという間に溶けてなくなってしまい、葛木はそれを飲むように蓮に言った。

「体に害があるものではない。気配を隠す護符だ」

葛木の言葉にうなずいて蓮は護符が溶けた水を飲んだ。目の前で見ていた霧斗は気配を隠すという言葉に納得した。確かに護符の溶けた水を飲んだ蓮の気配が希薄になったのだ。


 早瀬親子と葛木との対面から数日後、葛木から霧斗に連絡があった。それは改めて蓮と引き合わせてくれたことへの礼だった。

「この借りはいずれ返したい。何か助力が必要なときは声をかけてくれ」

そう言って切れた電話に霧斗は苦笑した。

「あれはよほどあの半妖の子を気にかけていたようだな」

影から現れた青桐の言葉に霧斗はうなずいた。

「何もなければ会うつもりはなかったんだろうけどな。こうして縁は交わった。これからは葛木さんが蓮くんを守ってくれるさ」

「里の狐どもはどうするんだ?」

「どうもしない。手だしをしてこないなら、わざわざこちらから手を出すことはないさ」

霧斗の言葉に青桐は肩をすくめて影に潜った。その様子に苦笑しながら霧斗は窓の外を眺めた。

 空は青く晴れ渡っている。これから長い時を生きるだろう蓮の未来は幸せばかりではないだろう。父親をはじめ、親しい人間たちは蓮より早く寿命を向かえる。葛木との出会いが蓮にとって良い方向に向かうことを霧斗は願った。

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祓い屋霧斗 さち @sachi31

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