年末年始の騒動・第2話

 1月1日元旦。晴樹と新年の挨拶を交わした霧斗は昼すぎに小峰神社に向かった。

 午前中は参拝客が多く、宮司も忙しい。親族が集まるのはだいたい午後から夕方にかけてだった。

 小峰神社は予想通り初詣客で賑わっていた。

 人混みを避けて社務所に顔を出すと、香澄が驚いた顔をした。

「霧斗?どうしたの?」

「あけましておめでとうございます、香澄さん」

驚いて尋ねる香澄に苦笑して霧斗が新年の挨拶をすると香澄は慌てて挨拶を返した。

「あけましておめでとう。父さんは社殿のほうにいるわ。まだ忙しそうよ」

「わかってます。本当は三が日は避けるつもりだったんですけどね。家のほうに行って雪菜さんの手伝いします」

霧斗の言葉に何かを察した香澄は険しい顔をしながらうなずいた。

「わかった。一緒に行くわ。ここはバイトの巫女さんだけでも大丈夫だし」

霧斗は香澄に礼を言うと一緒に住居のほうに行った。

「母さん!霧斗がきたわよ!」

まだ親族は誰もきていないのか香澄が玄関で大声を出す。すると和真の妻で香澄たちの母親である雪菜がパタパタと玄関に出てきた。

「あらあら、霧斗。おかえりなさい。あけましておめでとう」

「あけましておめでとうございます。お邪魔します」

おっとりと微笑む雪菜に霧斗は頭を下げて挨拶した。

「さ、入ってちょうだい?お昼は食べた?」

「すませてきました。台所を手伝おうと思って、少し早めにきたんです」

「そうなの?嬉しいわあ。今葉月と色々作っていたの」

霧斗の言葉に雪菜はにこにこと嬉しそうに笑う。香澄は霧斗が靴を脱ぐと社務所に戻っていった。

「霧斗、誰かに何か言われたの?」

台所に向かいながら雪菜が尋ねる。霧斗は苦笑しながら首を振った。

「そんなことないですよ」

「そう?嫌なことを言われたらお母さんにすぐに教えてね?」

雪菜は自分のことを霧斗の母親だと堂々と言う。霧斗はそれをくすぐったく思いながら微笑んでうなずいた。


 台所に入った霧斗は葉月と新年の挨拶をし、3人で料理を作った。普段カフェでは晴樹が厨房に立つことが多いが、霧斗も決して料理ができないわけではない。晴樹が厨房に立てないときに代わりをするくらいの腕はある。

 新年ということで親戚が集まる。料理も相当な量を用意しなければならず、霧斗の参戦は雪菜と葉月にとってはかなりありがたかった。

「だいぶできたわね。そろそろお客さんが来始めると思うから、私は広間のほうに行くわね」

「わかった。こっちは私と霧斗に任せておいて!」

来客の対応に行く雪菜を見送り、葉月と霧斗はお喋りをしながらも次々と料理を作っていった。

「今日か明日、香澄ねえの彼氏が来るんだって」

「そうなんですか?今まで来たことありました?」

「ないのよ。初対面が正月の親戚が集まってる場所ってヤバくない?」

揚げ物をしながら言う葉月に霧斗は料理を皿に並べながらうなずいた。

「彼氏さん、親戚が集まってるってちゃんと知っててくるんですかね?」

「説明はしたらしいわよ?でも親戚が集まってるならあとで顔合わせする手間が省けるねって言ったみたい」

「おお、強者ですね」

葉月の言葉に霧斗は思わず苦笑した。婿入り予定の香澄の彼氏はかなり神経が太いようだ。だが、それほどでなければ香澄のお眼鏡には叶わなかったろうとも思った。

「このまま行くと春頃には結納と入籍がありそうよ」

「展開が早いですね。彼氏さんのご両親にはご挨拶したんですか?」

「それがね、香澄ねえだけでとりあえず挨拶はすませてるみたい。親を交えては改めてってやつ?」

「さすが香澄さん。根回しは完璧ですね」

感心する霧斗に葉月は「すごいよね~」と笑った。

「親戚の人たち、香澄ねえが神社継ぐなんて思ってないだろうから、色々騒ぎそうだよね。ま、その辺はお父さんが黙らせるんだろうけど」

「そうですね。和真さんも香澄さんが継ぐことを了承してるし、親戚の人たちが騒いでも意味はないですね」

霧斗がそう言ってうなずくと、ちょうど玄関のほうが騒がしくなった。

「来たみたいね。料理は私が運ぶから、霧斗は盛り付け頼んでいい?」

「わかりました。すみません」

霧斗がうるさい親戚の前に顔を出さなくていいように葉月が料理運びを買って出る。霧斗が礼を言うと、葉月はにこりと笑って料理を乗せた盆を広間に運んだ。


 時間が経つにつれて来客は増えていき、若い嫁であろう女性たちが数人台所に手伝いにきた。年嵩の人なら霧斗のことを知っていただろうが、若いお嫁さんたちは霧斗とは初対面で、名前も聞いたことがなかったため変に避けられたりすることはなかった。

「すみません、この刺身の盛り付けをお願いできますか?あとお酒の追加を広間にお願いします」

慣れた霧斗が自然と指揮をとる形になり、お嫁さんたちに指示を出す。ふと、霧斗はお嫁さんの中でも特に若い女性に目がいった。

「あの、あなたは座って休んでいたほうがいいと思います」

「え、でも…」

声をかけられた女性が視線を泳がせる。霧斗は台所にあった丸椅子に女性を座らせた。

「今は大事な時期だと思います。無理は禁物です」

霧斗の言葉に女性が驚いたように目を丸くする。そしてそばにいたふたりの女性もハッとしたような顔をした。

「まさか、妊娠してるの?」

「悪阻は?大丈夫?」

「すみません。悪阻は大丈夫なんですが、切迫流産で安静にするよう言われてるんです」

そう言った女性は名を早月といった。早月の言葉に台所にいたふたりの女性、彩夏と夏希が青ざめる。ふたりが慌てるのを落ち着けながら霧斗は早月の下腹部をじっと見つめた。

「命がかかってるんで、適当なことは言えませんが、今はまだ大丈夫だと思います。でも、無理は禁物です。できれば横になってほしいんですが」

「でも、お義母さんに手伝うように言われているし、家でも動いているので」

「あ、そっか。あなたのところのお姑さん、怖いもんね」

「嫁いびりかあ」

早月の言葉で察したようにふたりが言う。霧斗がさすがに台所に寝かせるわけにはいかないしと考えていると、ちょうど雪菜が台所に戻ってきた。

「霧斗、それに皆さんもお台所任せちゃってごめんなさいね」

「雪菜さん、この人を寝かせてあげたいんですが、お願いできますか?」

霧斗の言葉を聞いた瞬間雪菜の顔から笑顔が消えた。

「具合が悪いの?」

「切迫流産なんだそうです。本当は安静にしてなきゃいけないと」

「霧斗の見立ては?」

「今はまだ大丈夫だと思います。でも、無理をすると危ないです」

雪菜はそれを聞くとうなずいて早月の前に膝をついた。

「早月さん、奥の部屋を用意するから横におなりなさい。霧斗、そばについててあげてちょうだい」

「…俺でいいんですか?」

「そうねえ。じゃあさっきちょうど小真こまちゃんがきたから小真ちゃんと一緒に」

小真というのは和真の姪で香澄とは同い年、しかも性格も似ていてとても仲がよかった。そんな小真は小さい頃から小峰神社を出入りしていて、霧斗とも仲が良かったのだ。

「わかりました。じゃあ台所のほうお任せします。早月さんは行きましょう」

「すみません、ありがとうございます」

申し訳なさそうに謝る早月に彩夏と夏希は気にするなと笑顔で応えた。

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