年末年始の騒動・第1話
カフェ猫足は大晦日と元旦だけ毎年休む。それはカフェの場所がオフィス街であること、常連客は学生や高齢の人が多く、年末年始は実家に帰ったり家族が帰省してきたりするためカフェにはこないことが主な理由だった。
晴樹は毎年正月をアパートでゆっくりすごすか、ひとりでふらりと旅行に行く。霧斗も誘われるが、正月はどこかで小峰神社に顔を出さなければならないからとついていくことはしなかった。
「きりちゃん、今年はあたし、正月は家でゆっくりしようかと思うんだけど、きりちゃんは何か予定ある?」
クリスマスが終わり大晦日が近づいてきたある日、アパートのリビングでのんびり本を読んでいた霧斗は尋ねられて顔をあげた。
「俺は、今年も本家に挨拶に行くくらいかな。いつ行くかはまだ未定」
「了解。元旦には行かないわよね?一緒に初詣行く?」
晴樹の言葉に霧斗は少し考えて首を振った。
「初詣は人手が落ち着いてからにする」
「わかったわ。じゃあ御節は腕によりをかけて作るわね」
人混みが苦手で正月やクリスマスなど町に人が増えるときは引きこもる傾向にある霧斗に晴樹はにっこり笑った。
「ありがとうございます。楽しみにしてます」
霧斗がそう言って笑うとちょうどスマホが鳴った。スマホを見た霧斗の表情が曇る。それを見た晴樹は心配そうな顔をして尋ねた。
「どうしたの?」
「親から電話です」
ため息混じりに言って霧斗はスマホを手に寝室に入った。
寝室に入った霧斗が通話ボタンを押す。すると、霧斗が何か言う前に父親の怒鳴り声と文句が耳に飛び込んできた。
相変わらずだなと思いながら話を聞いて適当に返事をして電話を切る。霧斗はため息をつくとベッドに腰かけた。
「主の父親は相変わらずだな」
影から姿を現した青桐が霧斗の顔を覗き込みながら言う。霧斗は苦笑しながらうなずいた。
「まったくだ。俺を育てたわけでもないのにな」
正直なところ、霧斗は両親を血の繋がった他人だと思っている。育ての親は小峰神社の宮司である和真だ。なかなか他人行儀なところが抜けないが、霧斗は和真とその妻、娘たちが家族だと認識していた。
「何を言われたんだ?」
「元日に神社にこいとさ。分家やらなにやら集まるからだろ。俺には正直関係ないんだけどな」
苦笑しながら言う霧斗に青桐も呆れた表情を浮かべた。
「いつもはそんなこと言われんだろう?」
「去年何か嫌みを言われたんじゃないか?知らないけどな」
「それで、どうするんだ?」
「仕方ないから行くさ。ま、台所で料理の手伝いでもするさ」
霧斗はそう言って苦笑して肩をすくめた。
「神社にいる間、青桐は狩りに行っていてもいいぞ?」
「いや、今回は影にいることにする」
「そうか?まあ、お前がそれでいいならいいけど」
青桐の言葉に霧斗は小さく笑って言った。
12月30日。今年の最後の営業を終えて店を閉める。いつもこの日は常連客が集まるが、今年も数人の常連客が訪れ、晴樹や霧斗に色々と差し入れをしてくれた。
「晴樹さん、今日の夕飯はどうします?」
「そうねえ。忘年会ってわけじゃないけど、何か食べに行きましょうか?」
店を出てゆっくり歩きながら尋ねる霧斗に晴樹はにこりと笑った。そのままふたりは以前から晴樹が行きたいと行っていた小料理屋に向かった。
小料理屋はそれほど広くはなく、カウンターと小上がりになっていた。晴樹と霧斗は小上がりの席に行くと、それぞれいくつかの料理と日本酒を注文した。
「今年もお疲れさまでした」
「来年もよろしくお願いします」
互いに挨拶をして乾杯する。普段あまり酒を飲まない霧斗もこの日ばかりは美味そうに酒を飲んだ。
「あら、この揚げ出し美味しいわね」
「肉じゃがも美味いです」
料理は店主が作っているようだったが、酒も料理も美味く、店の雰囲気も落ち着いていてふたりの好みだった。
「初めてきたけど当たりね」
「たまにはこういうところもいいですね」
美味い料理に霧斗も酒が進む。ふたりは2時間ほど滞在すると上機嫌で店を後にした。
「晴樹さん、元旦は本家のほうに行ってきます」
「あら、三が日は外すんじゃなかったの?」
帰り道、霧斗がポツリと言うと、晴樹が驚きながら尋ねる。霧斗は苦笑しながら肩をすくめた。
「こないだ電話がきて、元旦に顔を出せって言われたんで、一応顔を出してきます」
「わかったわ。まあ、無理をしないようにね?」
「わかってます。無理はしませんよ」
晴樹の言葉にうなずいて霧斗は空を見上げ、白い息を吐いた。
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