行方不明者と目撃者・第5話
現場検証が終わると掘り起こされた遺体は司法解剖に回されることになった。遺体を運ぶ準備や片付けまでのわずかな時間、そこでやっと村木は霧斗に遺体に触れてもいいと言った。
「でも、少しだけですからね?」
「わかってますよ」
うなずいた霧斗は遺体のそばに膝をつくと、そっと指先に触れた。そこから意識を集中すると、この女性が生きているときに最後に見た光景が脳裏に写し出された。
女性は仕事帰り、たまたま薬物の取引現場を見てしまった。だが、本人にその自覚はなかった。ただ、男がふたりいるのをチラッと目にしただけだった。男たちが気づいて振り向く。女性はそのままその場を去ろうとし、時間を確認しようとスマホを取り出した。だが、それを見た男たちは女性が警察に通報しようとしたと思ってしまった。女性が背を向けた瞬間、背後から男に何か硬いもので思いきり頭を殴られ、女性の意識はそこで途切れた。
「っ…はぁ…」
意識を切り離した霧斗が大きく息を吐きながらゆっくり目を開ける。それを見た村木は霧斗に除菌シートを差し出した。
「…何か、わかりました?」
受け取った除菌シートで手を拭きながら、霧斗は小さくうなずいた。
「ここでは人が多いので、あとで話します」
霧斗の言葉に村木はうなずいた。それからすぐ遺体は運ばれ、掘り起こすためにきていた警官たちも解散した。村木は霧斗を送っていくという名目でそのままカフェまでついてきた。
「あら、おかえりなさい」
カフェに入ると晴樹が声をかける。店内には高梨の姿があった。
「霧斗さん、おかえりなさい」
「ただいま。晴樹さん、事務所使わせてもらいます」
「いいわよ」
晴樹がうなずくと霧斗は村木を連れて事務所に入った。
「大丈夫?顔色悪いけど」
ずっと真っ青な顔をしている霧斗を心配そうに見ながら村木が言うと、霧斗は「大丈夫です」と言ってソファに座った。
「とりあえず、見えたことを話します」
「は、はい。お願いします」
霧斗の言葉に村木が手帳を出して背筋を伸ばす。霧斗はその様子に思わず苦笑すると見えたことを話した。
「薬物の取引現場…」
「そうです。でも、見た本人はそうとは気づかず、殴られたあとも公園に運ばれるまでは辛うじて息はあったようです」
「じゃあ、あの女性はどうして自分が襲われたかわかってなかったんですね」
村木の言葉に霧斗は静かにうなずいた。
「そうですね。ただ、俺はその男たちの片割れに見覚えがあります」
「えっ!?そうなんですか!?」
霧斗の思わぬ言葉に村木が腰を浮かせる。霧斗はうなずくと立ち上がって業務日誌と書かれたファイルが並ぶ棚に行った。そして1冊のファイルを取って戻ってきた。
「確かこのあたり…」
「それは?」
村木が不思議そうに首をかしげて尋ねる。霧斗は目的のものを探しながら「業務日誌です」と答えた。
「晴樹さんはマメな人で、毎日業務日誌をつけてるんです。客とのトラブルとかあると必ず書いてますよ」
「トラブル?その、加害者の男がここに来たことがあるの?」
「そうです。あ、あった。半月くらい前ですね」
目的のものを見つけた霧斗はその日の日誌を外すと村木に見せた。
「これです。この日、新規の客がきて、その客とトラブった」
いつもは空いている時間だったが、その日はなぜかいつもより少しだけ客が多かった。そんな中、窓際のテーブルは誰も座っていないのにコーヒーとケーキがおかれていた。幸い客は常連とはいかないまでも何度か来たことがある人ばかり。文句を言う人はいなかった。
カラン。乾いた音をたててドアが開く。 入ってきたのは見たことのない若い男だった。落ち着かないようにキョロキョロと店内を見回す男に声をかけたのは晴樹だった。
「いらっしゃいませ。カウンター席にどうぞ?」
「カウンター?あそこ、空いてんじゃねーか」
テーブル席は全て埋まっていた。何度か店にきたことがある人ならそう思った。だが、新しく入ってきた客にはそうは見えなかった。窓際の席、確かにコーヒーとケーキがおかれているが、誰かがいる形跡はなかった。
「申し訳ありません。あそこは予約席となっています」
晴樹が丁寧に頭を下げる。だが、男は納得しなかった。
「すぐに帰る。だからあそこに座らせろ」
「そう言われましても…」
なぜかあの席に固執する男に晴樹は困惑した。広くはない店内だ。晴樹と男のやりとりは店内にいる客たちにも聞こえていた。
「きみ、テーブル席がいいならここに座るかい?私はカウンターでもかまわないから」
そう言ったのは高藤だった。高藤の席は店内の一番奥。窓からは遠かった。
「うるせえ、ジジイ!俺はあの席がいいって言ってんだよ!」
途端に男が声を荒らげて近くの椅子を蹴り飛ばす。その音に休憩中だった霧斗も店に出てきた。
「乱暴はおやめください。あの席は今お客さまがいらっしゃいます。あの席にはお通しできません」
毅然とした態度で言った晴樹に男は舌打ちした。
「何わけわかんねーこと言ってんだよ!誰もいねえだろうが!それともオバケでもいるってのかよ!」
晴樹の胸ぐらを掴む男を霧斗が止める。男は舌打ちするとそのまま店を出ていった。
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