第51話 危険な肉食獣?

 セプトが美味しいと絶賛するお店に入る。

 敢えて聞かないが、誰と来たのだろうとぼんやり考えていた。確かに、目の前に並べられたものは、どれをとってもおいしかった。



「それにしても、あの神官とのやりとりはおもしろかった!」

「ビアンカ様の魔法は、あんなこともできるのですか?」

「あれは、鳥籠の結界と同じものよ?私のことを蔑んでいたのは目に見えていたからできたことよ!それにしたって、また、セプトの評価を落とすことになるかもしれないわね?

 あっ、ニーアもここに座りなさい」



 別の席に座ろうとしていたニーアを呼ぶと、畏れ多いという。

 平民であるニーアが、王族であるセプトや貴族である私やカインと食事の席に着くことはない。

 ただ、私たちは王子や貴族の令息令嬢として、食事をとっているわけではないので、ニーアだけが別の場所で食事を取ることのほうが悪目立ちする。説明をすると納得してくれたようだった。



「美味しいのでしょうけど……緊張して味がわかりません!」



 ごめんねとニーアに声をかけ、話に戻る。



「だいたい、俺の評価なんて、ビアンカが気にすることなんてないだろ?三男なんだから、気楽にするのが1番。目立たず大人しく、聖女様の犬のなろうかと」

「そう?私、犬は犬でも忠犬がいいけど……どうかしら?カイン」

「そうですねぇ?」



 セプトを舐めるように値踏みして、ニコッと笑う。



「忠犬一歩及ばずも、能力は高いと思いますよ!」

「なんか、中途半端な残念感があるが……カイン」

「どちらかというと、カインのほうが、忠犬よねぇ!セプトって、猫っぽい」

「どういう意味ですか?ビアンカ様」

「構うと避けられ、知らん顔すると構われたそうに擦り寄ってくる」

「なるほど、言い得て妙だね!セプト様、忠猫になれるよう惜しみない努力をしてくださいよ!」

「えっ?俺?」

「そうです、そうです。ビアンカ様の忠猫に!」



 カインとニーアが頷く。

 私に忠実な二人へ、ありがとうと微笑んだ。



 昼食後は、街をぶらつく。教会以外は、特に予定を決めていなかったので、見て回れたのでよかった。



「セプト、あれ、あれ!」

「なんだ?」

「ドレス!」



 手を引っ張って、ガラス張りのショーケースにへばりついた。

 中には、純白のウェディングドレスが飾ってあった。



「素敵ねぇ!」

「言ってる間に着られるだろ?もっと豪華なの」

「豪華なのじゃなくていいけど……そうもいかないわね?」

「どんなのがいいんだ?」

「どうだろ……?あんまり、選んだことがないから、わからないけど、このドレスは、あまり飾り気はないけど、素敵だなって思うわ!そういえば、聖女のドレスも白なの?」

「イメージからしたら、ウェディングドレスと似たようなものになるんじゃないか?ただ、違うのは、金糸が使われ、生成りになると思う」

「生成りか。それも捨てがたい!」



 表情をくるくる変える私を見て笑っている。



「ドレスとか、女の人はすきだなぁ?」

「明日は確かドレスの採寸って言ってた気がするけど……」

「そういえばそうだった。俺も参加していいんだよな?」

「えっ?セプトも来るの?」

「ダメか?」

「ダメじゃないけど……忙しいんじゃないの?」

「忙しくても、ビアンカのお披露目だ。衣装を選ぶのも一緒に見ていたい」



 ハハハ……と後ろから急に笑い声が聞こえてきた。振り返るとカインが笑っていた。



「どうしたの?」

「セプト様が、ビアンカ様を構いたくて仕方がないのだなと思って!」

「ふぇ?わ……私を?」

「そうです。可愛くて……」

「わぁーわぁーわぁー!ビアンカ、カインの言うことなんて聞かなくていい!」



 私の手を取り足早に歩き始めるセプト。



「セプト様、待ってくださいよ!」

「待たんわ!」



 手を取られきょとんとしながら歩かされる私は、セプトとカインのやり取りを聞いているだけだ。



「殿下は、いつの間に、あんなにビアンカ様のことを好きになられたのでしょう?」

「最初からだと思うよ?空から舞い降りたんだろ?」

「私もその頃はメイドでしたので、知らないんです」

「そうだったのか」

「カインもニーアもうるさいよ?」



 セプトを見上げるとほんのり頬が赤いような気がする。

 でも、ずっと、考えていたことだ。私は、これから育てていけばいいと、儀式の前に言ってた。

 セプトは、すでに、私のことを想ってくれているような言葉がたくさんあった。

 愛していると言われた記憶は……ないが、繋いだ手からも温かい気持ちが伝わるようだ。



「セプト?」

「んぁ?なんだ?」



 呼びかけると足早に歩いていたのが緩み、私を見つめる。言葉にするのが、恥ずかしくなって微笑んでみた。



「どうかしたのか?」

「うぅん、なんでも」



 繋いだ手はそのままに、セプトの腕に絡ませる。頭をコテンと肩に寄り掛かり甘えた。



「ビアンカ」

「何かしら?」

「そんな可愛いことは、帰ってからで頼む」



 チラッと見上げると、空いている手で顔を隠していた。覗き込むようにすると、見るな!と叱られる。



「恋する男はつらいですねぇーセプト様!」

「う……うるさいぞ!カイン。さっきから!」

「私のこと、好き?」

「ビアンカも!こんな街の往来で、聞くな!帰ってから、りんごのように真っ赤になるまで囁いてやるから!」



 ワタワタとするセプト。からかっているつもりはないが、なんだか、頬が緩む。



「好き……か」



 ムズムズっとするが、悪い気は全くしない。むしろ、嬉しくてそわそわとしてしまう。



「セプトは、私が好きね!」



 キッパリ宣言するように言うと、こちらを見てくる。

 ビアンカ!っと、少々大きな声で呼ばれた。ニッコリ笑いかけると、はぁ……と大きなため息をつかれた。

 でも、その顔はとても優しく、しょうがないなと少しだけ呆れてもいた。



「今晩、覚悟しておけ!」

「えっ?」

「朝まで、囁き続けてやるから!好きだって」



 私にしか聞こえないように囁く。

 その声は、いつもと違い色気があり、私をりんごのように真っ赤にさせるにはじゅうぶんであった。

 甘えて腕を絡ませていたが、パッと離れる。

 手首を掴まれ、逆に引き寄せられた。



「残念、もう逃さないから!」



 その笑顔は、獰猛な肉食獣のような危険で、されど、甘さある色香を含んでいて、思わずゴクンと唾をのまされた。

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