第48話 嬉し恥ずかしのお忍び
起きたのか?と声をかけられ驚いた。寝室にセプトがいるとは思わなかったからだ。
「……そこにいたの?」
零れた涙がわからないようにそっとぬぐい、起き上がった。何をしているのだろう?と声の方を見ると、おはようと微笑む。
「よく眠れたか?」
「えぇ、おかげさまで……ベッドに運んでくれてありがとう」
「目を覚ましたらいなくて驚いた。月明かりのおかげで、膝を抱えているビアンカがカーテンにうつっていたから見つけられたが……あんなところでどうして?」
「……眠れなくて。外でも見ていようかなって思っていたら、そのまま眠っちゃったみたいね」
「そうか。悪かったな。昨日は、少々悪ふざけが過ぎたな」
「いいの。それより、置いてあるのは、今日、着る服?」
初夏に差し掛かり、可愛らしい丸襟のブラウスと薄手の水色のカーディガン、紺色のスカートが机の上に置いてある。
どれもセプトが選んでくれたものらしいが、とても可愛らしかった。
「あぁ、今日はこれを着てくれ」
「セプトは、どんなのを着るの?」
「似たような組み合わせだよ」
見せてくれた服装を見て、お揃いなの?と思わず微笑んだ。
どう見ても、お互いの服を意識してあるように思える。白のカッターシャツに薄い水色のチェック柄のベスト、紺のズボンが用意されている。ここにジャケットを羽織るのだろうが、とてもオシャレな感じだ。
「恋人らしくていいんじゃないか?今日はカインも一緒に行くからな?どっちがビアンカの恋人だって言われるのは、さすがに寂しいし」
「こ……これだけ、似たような服装なら、誰も間違えないよ!」
お揃いの服を着る……それだけで嬉しいような恥ずかしいような……変な気分だ。
寝室から出ると、すでにニーアたちは朝の支度に動き回っている。今日はニーアも一緒に出掛けることになっていたので、いつものお仕着せではなく、見慣れぬ服装であった。
「ニーアは、とってもかわいいのね!」
花柄のワンピースがとてもよく似合っていて、可愛らしい。声をかけたことで、気付いたようでありがとうございます!はにかんだ。
「ビアンカ様も着替えられますか?」
「えぇ、お願いしたいわ!」
「では、先に殿下の着替えをいたします!」
寝室に入ってきたニーアが、セプトの着替えを素早くしていく。
「さすがに手際がいいわね!」
「一応、侍女ですから……」
パパっとセプトの着替えを手伝って寝室から追い出すと、次はビアンカ様です!とさっきとは比べられないほど、気合が入っている。
「殿下の揃えてくださった服装はどうですか?」
「えぇ、とっても可愛くて気に入ったわ!これ、セプトとお揃いなのよ!」
私にしては珍しく、ニーアに嬉しいの!と話すと、きっと殿下もビアンカ様とお揃いで嬉しいでしょうね?と微笑んだ。
最近、ニーアが優しい目を私に向けてくれる。その意味を私は完全に理解できずにいたが、優しいニーアに微笑み返した。
「わぁ!外だ!」
「ビアンカ、はしゃぐなっ!恥ずかしい」
城の中ですら珍しいのに、城の外にお忍びすることになったのだ。はしゃがずにはいられない。
セプトはもちろん、カインとニーアも一緒だ。
行き交う人々が多いのに驚き、活気に満ちた王都であった。と、いうことは……この国は、かなり潤っているのだろう。
地方に出れば、また、違うのかも知れないが、中心となる場所に活気があるということはいいことだ。
「まずは、教会へ向かう」
「わかったわ!」
「本当にわかっているのか……ビアンカは、迂闊な行動は慎めよ?」
「私を誰だと思っているの?」
「無知なビアンカ」
「…………さぁ、セプトは置いて行きましょうか?」
「置いていくな!ほら」
手を差し出され、何の躊躇いもなくその手を取る。ごくごく自然に。隣に並んで歩くと、街を案内してくれた。
美味しそうな食べ物の店や雑貨屋、貴族御用達の仕立て屋など、所狭しと店が並び、みな思い思いに店を覗いたり、探し物をしたり、ぶらついたりとしていた。
「今日は、教会へ聖女の魔法を調べにいくだけだからな?」
「わかっているわよ?それにしても、聖女の魔法ってどんな魔法なのかしら?」
「それは、わからない。何せ聖女が現れたのが、もうずっと昔だからなぁ……城にある文献でも見たことがないんだ」
教会には、聖女ゆかりのものは、ほとんどないらしい。
経典も教会が勝手に作ったもので、聖女が何か残したわけではなかったという。
それなのに、手掛かりがあるかもしれないと、教会へ向かうのは変な気分だ。
そもそも、聖女の使う魔法がなんなのか、分からなかった。思い当たる魔法が、私には思いつかなかった。
ただ、今日はこうして出かけられるのが、まず、嬉しい。普段からもたくさん話をするが、城の外の話は滅多にしない。
こうして、街を見ながら歩けば、セプトは得意げに何でも教えてくれた。
カインやミントとも、こうして歩いていたかもしれないし、どこかの令嬢と腕を組んで歩いていたかもしれない。今の私たちのように。
そんなことを考えていると、なんだかムッとしてしまう。
「どうした?眉間に皺なんか寄せて。せっかくの美人が不細工になるぞ?」
「なりませんよぉーっだ!」
少々子どもっぽく振る舞い、誤魔化した。舌をベッと出しプイっと反対側を向く。やれやれというような雰囲気のセプト。誰と一緒に来たの?と聞けず、もやっとしてしまう。
「そこのちょっとご機嫌斜めなお嬢さん!教会に着きましたよ?見てごらん。きっと、建物は、ビアンカが気に入るような造りになっているから!」
そう言われて、そちらを向くと、真っ白を基調の教会であった。王都のだけあって、とても大きく見上げる。
「わぁ、すごいね!」
「中に入ったら、人物も濃いからな……大人しくしていてくれよ?」
セプトにコクンと頷き、手をひかれ教会の中へと入って行くのであった。
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