第47話 下弦の月に照らされて

「今日はちゃんとできたようだな?」

「なんだか、子どものおつかいのよういないい方ね!」

「違うのか?」

「違わないかもしれないけど……言い方っていうものがあるじゃない!」

「まぁ、そうだな……じゃあ、今から話すことで機嫌を直してくれ」

「何?何か変なことじゃないでしょうね?」

「念願のお忍びだ!やっと時間ができた!」

「……もしかして、それで朝早くから夜遅くまで政務に出かけていたの?」



 だとしたら?と微笑むセプトに、知らないと顔を背ける。

 本当は、嬉しくて仕方がないのだが、面と向かってありがとうが言えなかった。



「明日にはいけるが、ビアンカの方はどうだ?」

「私は、別に……決まったことはしていないから、いつでもいいよ!」

「じゃあ、明日の昼前に出かけよう。お昼にちょうどいい、おいしいお店がある!」

「食べ物でつろうって魂胆ね?」

「つられてくれるだろ?」



 夜のひと時。ベッドに転がりながら話をする時間を取るようにしている。夕飯後も政務へと出ていったセプトを待つ時間であり、自身の魔力を把握するための時間であったために起きていた。



「仕方がないわね!行きたい場所もあるし……つられてあげるわ!」

「ふーん、行きたい場所ね?どこに行きたいんだ?」

「教会に行きたいの!折り合いが悪いって聞いていたけど、本当?」

「あぁ……本当だ。国からの補助金と多額の寄付で協会はなっているんだが……最近、どうも、金の使い道に疑問がわいてなぁ……それから、折り合いが悪い!」

「私が現れたからでは、ないのよね?」

「どういうこと?」

「……うん」

「言い難い?」

「ううん、教えてほしいことがあるの。私が聖女だってこと……私は自覚していないけど、セプトは知っていたの?」

「何故?」

「えっと……宝物庫で聖女の姿絵を見たの」

「あぁ、あれか……俺が1番好きな絵だな。昔、カインとミントとでかくれんぼを……」

「そこは、カインに聞いたわ!そうじゃなくて、あの姿絵……」

「俺とビアンカにそっくりだって言いたいんだろ?」

「そう……そうなの!」



 ふっと笑うセプト。何か思うところがあるのだろうか?



「教えてやる。ここにキスをしてくれたら……」



 頬をトントンと人差し指でたたく。今日はやけに意地悪な雰囲気だ。頬にキスくらいで教えてくれるなら……と、私は寝転んでいたセプトに近づいた。

 また、ふっと笑ったと思ったら頭を引き寄せられ、唇が重なる。

 いつもより、深く求められた。



「んん……!」



 じたばたするも、ビクともしないセプト。満足したと言わんばかりのセプトに離れた瞬間に文句の嵐だ!



「はぁはぁ……だましたわねっ!頬って言ったじゃない!ふぅふぅ!」

「だましたね。そうでもしないと、キスしてくれないからね!聖女さんは」



 くくっと笑うセプトの胸をぽかっと叩くと、そんなことしてもいいのかなぁ?と言って、今度は体ごと引き寄せられる。後ろから抱きすくめられ、手をつかまれると、どうすることもできない。



「もぅ!何がしたいの!」

「キスの先……」

「ひゃっ!セプトっ!」



 ごめんごめんと軽い調子で謝っているが、誤っているところにある手がなんともやらしい。

 うなじにキスをされて驚いた。



「もう、鳥籠に帰るっ!」

「それは、困る……」

「じゃあ、放してよ!」

「そうすると、逃げるだろ?」

「当たり前じゃない!私……まだ……」

「心の準備?まぁ、まだ、婚約したばっかだしね……近くにいすぎて、ちょっと、我慢がきかないんですけど?」

「……我慢してください」



 沈黙の時間が流れる。掴まれていた手は解放されたが、身動きをとることができない。



「ビアンカ?離したけど?」

「うん、わかってる」

「距離をとらないと、襲うよ?」

「……」

「それは、同意ってこと?」



 ビアンカ?と覗きこんできたセプトを睨むと、はぁ……とため息をついていた。



「悪かったよ、ふざけて」

「……」

「あぁ、それで……姿絵のことだろ?まぁ、俺の方は、王と血縁者だから、似ることもあると思うんだけど……聖女の方は、ビアンカだと俺は思っている」



 私と向き合うように横になりながら、微笑み、聞きたかった話をしてくれる。

 それよりも、私の心臓の音が……うるさくて、セプトの話なんてほとんど耳に入ってこなかった。

 何か、重要な話になっていっているような気がするが、私には聞こえていない。



「ビアンカ?」

「……」

「大丈夫か?」

「……えぇ、大丈夫よ!」

「そうか、なら続けるが……仮設が1つあるんだ。ただ、ビアンカには、首を切られたときの記憶しかないって言っていたし、自信はなかったんだけど……正直、小さなころから、憧れ続けた聖女が目の前に現れるなんて、思いもしなかったけどなぁ……そんな聖女と二人で、ベッドに並んでいるっていうのも……ビアンカ、本当に大丈夫か?」



 寝転がっていた私を抱き起す。



「えぇ、大丈夫だけど……」

「だけど?」

「もう寝ましょ?なんだか、疲れたわ」



 私は枕を引っ張り、自分とセプトの間に置く。



「これは?」

「ここから、入ってこないで?じゃないと、もう鳥籠に帰るから!」

「また、言ってるの?」

「うん、もう、寝るから。絶対入ってこないでね!」

「ビアンカ……」



 背を向け眠るふりをした。眠れるわけもなく、瞼を瞑るだけ……

 ため息のあと、隣から規則正しい寝息が聞こえてくる。朝も早くから夜遅くまで、私のために時間を作ってくれたので、疲れていたのだろう。



「おやすみ、セプト」



 私は寝られず、出窓に座る。鳥籠でも定位置となっているが、こういう場所が実はとても好きだ。カーテンをひけば、見えない。

 ずっと、無表情を作っていたけど……もういいだろう。

 ふぅっと息を吐くと、頬がカッと熱くなる。ひんやり冷えた窓に頬をあてると気持ちがいい。


 どうしちゃったんだろ……?あの絵見てから、落ち着かない。うぅん、もっと前から……

 やっぱり儀式の毒は、私にも効いているのだろう。


 下弦の月が私を照らす。膝を抱え瞼をそっと閉じた。



 いつの間にか眠っていたのだろう。

 気が付いたときには、ベッドで眠っていた。真ん中に置いてあった枕は、私の頭の下に収まっている。

 ただ、隣に寝ていたであろうセプトがいなくなっていて、シーツに手を当てると、やはり冷たい。


 それが、とても悲しくなり涙が零れた。

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